ヤギが高いところにのぼるわけ
「もしもし、おたくの屋根に上ってもよろしいでしょうか」

丁寧な様子でヤギは私にそう言った。
そのヤギが訪ねてきたのは、もう夕飯もすませたころだった。
なかなかに身なりの良いヤギの紳士で、チョッキを着て、手にはステッキなどを持っている。
いきなりの申し出に私は面食らいながらも

「ええ…、私の家は屋上などはないし瓦が敷いてあって安全な状態とは、さらに今は夜なわけですし」
私が何とかうまく断ろうと言葉を探しつつ話していたら、私の懸念に気がついたようで自信満々にこういった。

「ええ、ええご心配なく。決して瓦を落としたり、壁に傷を付けるということは致しません。我々、ヤギというものは大変な平衡感覚をもっているのですから。
ただ、あなた様の家の屋根に上らせていただいてあのおいしそうにきらきらしている月を舐めたいのです。」

そういってヤギの紳士は月をうっとりした顔で見上げた。

「我々には、月はたいへんなごちそうで高いところに上らねば食べられないうえに、月は食べられるのを嫌がって逃げ回ります。そしてつきは今はちょうどあなた様の家の真上にいるのです」

玄関から降り、空を見上げると
ははあ、真ん丸の月が私の家のすぐ上にいるではないか。
誰にともなく

「今日は満月なんですね。」

とつぶやいた。ヤギの紳士はうきうきした様子で

「そうでしょう。おいしそうでしょう」

といった。それがあまりにも嬉しそうで私は

「どうぞ」

と短くいった。
私の了解が取れたとみるやヤギの紳士は

「めええええぇええええええええぇぇぇぇぇぇ」
と大きな声で鳴いた。
< 1 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop