再びあなたを愛することが許されるのなら
第2章 fake a love 愛を偽る

第7話

「いや、行かないで……。私の前から、消えないで。お願い、お願いだから……」
私の前から一人ひとりと、私が大切にする人たちが消えていく。
「沙織、沙織。大丈夫?」
う、んん……。
ゆっくりと目を開けると私の視界いっぱいに、ナッキの顔がぼんやりと映っていた。
「またあの夢見ていたの?」
「……。」
「心配性なんだから」ナッキは私の髪をその柔らかい手で、そっと撫でてくれている。
「大丈夫だよ、沙織は誰のことも消さない。沙織の大切な人の事、誰一人も消したりなんかしないわよ」
「だといいんだけどね」
「お兄さんに何か言われたの?」
「ふうっ。この頭の中にはもう一人の私がいる。今は薬でそのもう一人の私は、表に出ようとはしていない。でもね、お薬ももうそんなに長くは効かないんだって。せいぜいもっても、あと、半年くらい……。できれば早く手術した方がいいって。だけどそうすれば、私の一番大切にしているものの記憶はなくなってしまう。もしかしたら今までの全部の記憶が消えてなくなってしまうかもしれない。この頭の中にいるもう一人の私が、この私のすべてを支配してしまう。怖いのよ……。怖いよ、ナッキのことも、お母さんやお父さんの事、裕太(ゆうた)の事も何もかも私の中から消えてしまうのが」

「……沙織」

そっとナッキの唇が私の唇に重なる。
柔らかくてとても温かいナッキの唇。
ナッキとキスをすると物凄く落ち着く。今まで抱いていた一人で押し込めていた冷たい気持ちがゆっくりと溶けていくような気がする。
彼女を抱きしめる力がだだんだん強くなっていく。
ナッキの口の中へ私の舌が少しづつ絡めだしていく。その私の一部をナッキはゆっくりと柔らかく触れてくる。
息が苦しくなってくる。でも離れたくはない、このままずっとナッキと繋がっていたい。手がナッキの広い背中に触れる。温かい、温かくて大きくてすべすべとした肌。
ブラのホックが私の手の行く先を邪魔してる。すっと彼女のブラが外れる。それと同時にナッキの手が私の柔らかい部分に触れはじめる。

躰が次第に熱くなるのを感じる。

いつもそうだ
ナッキとこうしていると私は溶けていくような、不思議な感覚に取らわれてしまう。

「ほしい」

私の躰がナッキを求めている。じっと私の目を見つめるナッキの瞳に私の顔が映し出されていた。

彼女の息が私の耳に触れる。一瞬躰がこわばる。そして解放される。その繰り返しが私を襲う。
その唇は耳から、首筋へと。
いつの間にか私は生まれたばかりの赤ん坊の様に、彼女にその裸体をささげ、すがり始める。
ゆだねるその躰に彼女はどこまでもあの柔らかい唇を這わせてくる。私のすべてに。
全てが溶け出す。私の躰が、心が……。私を支配しようとしていたあの不安な気持ちさえも消し去ってくれるような気がする。
私を愛してくれる人がいる。
その愛してくれる人のことを私はとても大切にしている。
だから、だから、私は失いたくはない。

誰のことも……。

ナッキのぬくもりがまだこの躰に伝わってくる。
この時だけ、この行為が終わった時、私は物凄く満たされる。お互い少し汗ばんだ躰をすり合わせるように寄り添いながら、お互いの目をみつめにっこりとほほ笑んだ。

「ねぇ、私たちの関係てやっぱり異常なのかなぁ」
ナッキが天井を見つめながらつぶやくように言う。
「そうかもね。世間一般の人たちからすれば、別な人種の人って思われるでしょうね」
テーブルにある加熱式の煙草のフィルターを替え、軽く吸い込むと、ほのかな甘い香りがまとわる。
「本来なら、子孫(しそん)を残すための行為ですものね」
「確かに……。」
「で、ナッキは私とこうして女どうしでするのと、男性とするのどちっが本当はいいの?」
ナッキのこの行為の対象は女性だけと限定はしていない。高校の時から彼女は何人かの男性と付き合い、お互いの肌を触れ合わせる行為をしているのを私は知っている。
彼女もそれを否定しようとはしていないし、そんなナッキに私は嫉妬して、勢いで一時付き合った同級生にバージンを捧げてしまった。
今となっては後悔の念もないのだが、そんなナッキに嫉妬していた自分が、物凄く嫌だったことは今でも思い出す。

それ以来私は男性との接点は極力避けてきた。
あえて言うが、極力ということだ。まったく男性との接点がなかったとは言えない。

確かにこの3年間で付き合うまでもなく、何となく流れでそ、その……行為というか、ただ自分を満たすためでもなく、その人に好意を持つというわけでもなく。
ただ性欲が自制に負けたというべきかもしれない。
そんなことが数回あった。
これも私が抱えている病気への不安がそうさせたものだと、自分自身に言いきかせその先からの繋がりをもとうとはしなかった。
「そういう沙織は、どうなのよ?」
ナッキが私の問を振り返す。
「わ、私は、あなたほど経験は、……無いでしょ。そ、それに本気で男の人を好きになったことなんて無いから……」
顔が熱い!
「顔真っ赤だよ。沙織」
「馬鹿!」
「はいはい、私は馬鹿な女ですよ。でもこれだけは一つ言わせて」
「何よ」

「たとえ、沙織が結婚しても、たとえ私がどこかの男性と結婚するようなことになっても。私の気持ちは。沙織、あなたのためにある事だけは忘れないでほしい」

ああ、何で神様はナッキを女としてこの世に送ったんだろう。
きっとナッキは何かの間違いで女として私の前に現れたんだ。きっとそうだ。
ナッキと私が接点を持つようになったきっかけは、クラス内で起こった陰湿な私へのいじめがきっかけだった。

クラスのある数人のグループが私を集中的に、自分たちがもてあそぶ様に、まるでぼろぼろの人形をどこまでもぼろぼろにすることに、快感を味わうかの感じで私をいじめの対象としてもてあそばれていた。
顔や手足、制服から見えるところは彼女たちは決して手を付けなかった。
その代わり、私はあの校舎裏の薄暗い中庭の一角で制服を脱がされ、下着をはぎ取られ、ずたずたに引きちぎり。
この私の躰を犯し続けた。その痛みと恐怖の中で生まれる女としての(さが)が意識を超えた状態に陥るまで、彼女たちはこの躰を犯し続けた。

そのころからだろう。
私の頭の中でもう一人の私が目を覚まし始めたのは。

入学当時から、私のことをずっと気に留めていた美津那那月(みつななつき)は、日に日にその様子が変わり果てていく、私のその姿をずっと見ていたらしい。
そんな私が変わり果てていく姿を見て、ナッキは私の後をこっそりと付け回していた。だが、彼女はアーチェリー部の特待生だ。部活があるときは、特待生といえども、部を無断で欠席することはできなかったらしい。

もう限界だった。躰も、それよりも私の心はその限界をはるかに押しつぶしていた。

あの日。
あの日、私をもてあそぶ彼女たちは、いつもの場所に私を連れ込みまたこの躰を犯し始めた。もう何も感じることすらできなくなっていた。
何をされているのかさえも分からなくなっていた。忘れたい、こんなこと私の記憶からすべて消し去りたい。
そう思った時。私は目の前にいる人たちのことをこの記憶から消し去ってしまった。
意識がもうろうとしていた時、遠くから今まで聞いたことのない叫び声が聞こえてきた。
気が付けば、一人の女生徒が彼女たち3人を殴り飛ばしていた。
「なんでだよ! なんで今まで気が付くことが出来なかったんだよ。こんなにぼろぼろになるまで、私は何をやっていたんだよ!」
その女生徒はあの3人のグループの一人の体にまたがりその顔を何度も殴りつけていた。
「痛かねぇだろ。今村さんが今までされてきたことに比べれりゃ、こんなの何にも痛かねぇだろ。なぁ、悔しいよ。お前らが憎いよ!」
泣きながら顔がはれ上がり、血が飛び散り、原形がわからないほど殴り続けていた。
その騒ぎを聞きつけ、男性教師が私たちの所にやってきた。

このことがきっかけで私へのいじめが、表ざたになったのは言うまでもない。
私をいじめていた3人はその残虐さから即刻退学処分となった。
美津那那月《みつななつき》は、私を助けたとはいえ、彼女たちに怪我を負わせた責任を取らされた。だが、今回は私を助けたということもあり、1週間の停学処分が下った。

私は、すでにもう心身ともに崩壊寸前だった。すぐに入院させられた。
入院はおよそ2か月に及んだ。
その間、精密検査でこの頭の中にもう一人の私が存在していることが分かった。

私の中にいるもう一人の私。それは私の記憶を、私が一番強く感じる記憶を消し去ってしまうかもしれない。いや、私の一番の想いを奪い去る。
あの時、私がいじめられていた時、私が望んだことかもしれない。でも今は違う。
もう一人の私は、私の幸せを、私の愛する人達のことを消し去ろうとしている。
それは、私が望んだことではない。
だけどもう一人の私は、もう独り歩きをし始めたようだ。
彼女は、私の中にいるもう一人の私は、後半年ほどでこの私を乗っ取ろうとしている。

それはこの私の死をも意味している。

今年のクリスマスは私は迎えることが出来るのだろうか?
そんな恐怖を思い出したかの様に私は、ナッキの躰にしがみつき、涙を流しながら震えていた。

今はナッキのことは絶対に失いたくはない。


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