再びあなたを愛することが許されるのなら

第2話-2

物凄く怒っているんだと言う事は、この状況で僕には十分伝わっていた。
僕の躰を押しのけ、ノートに走り書きの様にして書いた文字を僕にめがけ広げた。
「もう、どこかに消えて」
慌てるようにモバイルパソコンを鞄にしまい、彼女は図書館から出て行った。
その間、僕はただ何も声に出す事が出来なかった。

彼女の頂点にたっした怒りが、僕の躰を硬直させた。
富喜摩が出て行ったあと、物凄い後ろめたさと後悔が僕を襲った。
もう取り返しのつかない事をしてしまったんだと。
……富喜摩に。
大きな騒ぎにはならなかったが、ちらっと僕らの方を見ていた人たちが、数人いたのは確かだった。

次の日、冨喜摩は学校に来なかった。そして次の日も、その次の日も……。
3日も学校を休んでいる冨喜摩。
きっとあのことが原因なんだろう。
もし、このまま富喜摩が学校に来なくなったら? 僕はどう責任を取ればいいんだろう。

な、何とかしなくては。

担任にそれとなく富喜摩の住所を聞き出そうとするが、「お前富喜摩の住所なんか聞いて何を考えているんだ!」
逆に担任からも疑惑の目で見られてしまった。

クラスには親しい友達はいないことくらいわかる。多分誰も彼女の住所なんて知っている奴なんかいないだろう。
そんな僕に助け船を出してくれたのが、養護教諭(ようごきょうゆ)の町田先生だった。
町田先生は何かと富喜摩と一緒にいることが多い。

障害を持つ彼女の事を学校としても、普通の生徒と同じ扱いは出来ない分、養護教諭の先生に相談をかけていることくらいは、この僕にだって想像は付く。

「阿崎君、何そんなにしょぼくれてるの? さっきの教員室での話なんだけど。あ、聞こうとしていた訳じゃないのよ。正確には聴こえちゃったと言うべきかな」
「そうですか、別に構いませんけど」
「ねぇ、時間ある、もしあるんならちょっと手伝ってくれるかな?」
指さされたのは保健室にある書類の山。
「これさぁ、ここに書かれている各クラスの数に分けてほしいの。私急ぎでやらなきゃいけない書類があるから頼めるかな?」

なんでこんな時に。と、思ったが断わる理由もないし、時間もないわけじゃなかった。
「わかりました」
「ありがとう」
この学校の教師のい中では一番若い先生。彼女のその笑みは少し大人の感じを思わせ、あどけなさをも感じさせる。屈託のない笑み。
一応僕も高校生男子であることを、思い知らされるように体が反応していた。

「ねぇ、どうして富喜摩さんの住所を知りたがっているの?」
作業をしながら、町田先生は僕にそれとなく問いかけた。
その時僕は何も返さなかなかったはずだ。

だけど町田先生は
「阿崎君、美野里ちゃんに謝りなさいよ」と、一言だけ返した。

先生は僕と富喜摩との間であったことを、知っているんだろうか?
胸の中でもやもやした気持ちが渦巻いた。
「先生、知っているんですか?」
町田先生はとぼけるように
「何を?」と、返したが、絶対に僕らの間で起きたことを先生は知っている。
「なにをって、僕が富喜摩の住所をどうして知りたがっているかですよ」
「喧嘩でもした? それとも彼女に何か意地悪でもしたの?」

「あ、いや……何と言うかちょっとしたこと……。でも富喜摩にとっては物凄く嫌な事だったのかもしれない。だって3日も学校来ていないんですから。もし僕の事が原因で来ないなら、僕はちゃんと富喜摩に謝らないと」

「ふう―ん、何か責任感じてるんだ亜崎君は。美野里ちゃんの胸でも触った? それとも押し倒そうとした!」

「ま、まさかそんな事しませんよ」

「分かってるわよ。亜崎君をちょっとからかっただけ、美野里ちゃん風邪で熱上げたんだって、そう連絡もらっているわ。でもね、この前美野里ちゃん私に相談があるって言っていたから、ちょっと心配してたの。あ、それもう出来た?」

くるりと椅子を回し僕の方にその姿を見せた町田先生のその姿は、やっぱり大人の女性と言う色気と言うものだろうか、一瞬ドッキリとした。
「ありがとう。それじゃ、亜崎君にご褒美」

僕の前に差し出された一通の手紙。

受け取った手紙の表には「富喜摩美野里様へ」と、書かれていた。おもむろに裏を見てみると富喜摩の住所が書かれていた。
「先生……」
にっこりと町田先生はこういった。

「これは私の個人の手紙。亜崎君、この手紙書かれている所に届けてくれるかな? あなたはただ私からの手紙を届けに行っただけ。それでいいでしょ」
「はい。ありがとうございます」
僕はしっかりとその手紙を、ブレザーの内ポケットに収めた。

「出来ればちゃんと解決できればいいね」
町田先生は確か、そう言って僕を送り出してくれたんだった。

あの時、町田先生が僕にあの手紙を渡してくれなければ、僕と美野里との接点はなかっただろう。
それ以上にこうして、今小説家になる為の目標も持たなかったかもしれない。

「亜崎さん、もう点滴終わってますよ。外しますね」
美野里の事を思い出していた僕に、看護師の鶴見明子(つるみあきこ)がそっと教えてくれた。
「あ、すみません」
「どうしたんですか何か考え事でもしてたんですか?」
彼女は僕の顔を見ながら、にっこりとした笑顔で言った。

「考え事かぁ。思い出していたんですよある人のことを」
「もしかしてその人って亜崎さんの彼女さんの事なのかなぁ」
「だといいんですけどね」
「もしかしていけない事を聞いちゃったのかしら。ごめんなさい」
「そんな事ないですよ。ただ、あまりにも似ているんで、思い出していただけです」

「似ていたって?」
「ええ、鶴見(つるみ)さんによく似ていたんですよ彼女」

「そうなんだ。他人の空似って言うものかしらね。その彼女さんは今は?」
「今、彼女は北海道にいます。僕と同じ志を持つ同志として」

僕たちは、自分の求める夢に向かってお互いに歩み出したんです。

それを訊いた鶴見さんの手が一瞬止まった感じがした。
「同じような想いを持って離れた人っているんだね。なんだかわたしたちに似ているかもしれないな」
「そうなんですか? やっぱり鶴見さんも遠くに想う人がいたんですね」
「そうね、私の場合は少し違うけどね。とても近くにいるけど……彼はとても遠いところに行こうとしているの」
少し悲しげな顔つきが、美野里のあの顔をまた引き寄せた。

「こっちこそ変な事聞いちゃったみたいですね」
「別にいいのよ。それより体の痛みはどうですか?」
「ええ、だいぶ落ち着きました」
「そうそれは良かったは、でも今日は無理しちゃだめよ。もう少ししたら夕食の配膳あるからね」
「はい、ありがとうございます」
今僕の記憶の中にある美野里の姿は、まだあの頃の高校生時代の姿しかない。
今の美野里はどんな姿をしているんだろか。

お互い連絡を取り合う事は、暗黙の了解の様にすることはなかった。

今の彼女の姿を僕は、想像することしかできない。
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