さようなら

月日はさらに流れ



★図書室
月日はさらに流れもう秋になっていた。
病室から葉が舞落ちるのが見える。

須賀『池田さん?」
まゆみ『なーに?」
須賀『今日の予定は?」
まゆみ『う~ん…焼き芋屋さんきたらダッシュで買いに行って食べる」
須賀『じゃあ、今日は我慢して」
まゆみ『なんで?」
須賀『ちょっと出かけるとこあるから。」
まゆみ『どこに?」
須賀『後で話す。今すぐに、できるだけ大学生みたいな服に着替えて化粧もナチュラルでしてね!」
まゆみ『大学生みたいな服? ロングタイトスカートならあるけど、あたしまだ高校生だし、入院してんのに化粧品なんか持ってないよ?」
須賀『じゃあ、友達に借りて❗どれくらいで支度できる?」
まゆみ『…3、40分かなぁ?」
須賀『じゃあ、その頃またくるから。」
まゆみ『ねぇ、どこ行くの?」
須賀『まだ言えない。誰にも言っちゃダメ!本当にダメだからね!急いでね!」
そういうと、先生はさっさと出て行ってしまったが、いつよりも顔が強張っていた。

それからのあたしは忙しかった。わけのわからないままの状態でロングタイトスカートはいてブラウスとカーディガン探しだし、隣の病室の友達に
まゆみ『御願い。大学生らしいナチュラルメークしてほしいの。」
と無理強いをし。
友『外泊?」
まゆみ『いや、その…気分かな。今日は大学生の気分。これで売店行こうかと思って。」
友『気分転換にいいね!でもさ、その格好とこのメークに、素足にサンダルはないと思うよ?」
まゆみ『あ!ストッキングもハイヒールもない… 貸してくれます?」
友『いいけど、まゆみちゃんちびだからサイズ合わないでしょー」
まゆみ『何とかする!」
友『なんかあやしいなぁ。彼氏でも来るの?」
まゆみ『彼氏なんかいないよ!ただ、本当に気分。後は自分の病室でやるから大丈夫!ありがとう。」
あたしはさっさと病室に戻り、大きすぎるヒールの爪先にティッシュを詰め、ストッキングをはき、髪をまとめた。

須賀『支度できた?」
あたしはカーテンを開け
『これで精一杯だよ!」
と。
先生はあたしを見るなり赤面して
『充分綺麗だよ。じゃあ、下の売店の前で待ってて。僕も時間ずらして行くから」

病棟を出ようとするとナースに引き留められた。
『池田さん、どうしたの?おめかしして。
まゆみ『あたしは女の子だよ。たまには背伸びしたいじゃん。綺麗?」
『そうね。似合ってる。綺麗よ」
まゆみ『ありがとう。」
そこには、まだ顔を強張らせてる先生がいて、チラチラと見ていた。

まゆみ(おっそいなぁ。もう20分も待ってるのに…)
売店の前の壁に寄りかかりながらキョロキョロと見渡し先生を待つあたし。
慣れないヒールに脚も痛んできている。

(あ!やっときた!あたしの事急かしたわりにはのんびり歩いてるんだから!)
あたしはちょっといらついたが、わざと気づかないで落ち着いて待ってる振りをした。

須賀『遅くなってごめん。なかなか抜け出せなくて」
まゆみ『別にいいんだけどさぁ、こんな格好させてどこ行くの?」
須賀『まだ言えない。これから僕の言う事をよく聞いて!僕から少し離れて歩く事。絶対になにがあっても話しかけないこと。わかった⁉」
先生の顔が相変わらす強張っている。
まゆみ『は、はい」
須賀『じゃ行くよ。ちゃんと離れてついてきてね!」
黙って頷くあたし。

売店前の通路から真っ直ぐどこまでも行き、エレベーターに乗り、降りたらもうどこだかわからない所。さらに真っ直ぐ行ったり曲がったり。一体どのくらい歩いただろう。

すると先生がいきなり振り向いてあたしは壁ドンをされた。
『あそこに入り口があるけど、今からそこに入る。大学生らしく振る舞って。誰とも余計な会話はしない事!挨拶されたら挨拶しかえす。勿論僕にも話しかけないこと!いいね!行くよ❗」

先生の顔がさらに強張っている。
これからなにがおきるかもわからないあたしも、先生の気迫に迫られ黙って頷いた。

『こんにちは」
女性が挨拶をしてきた。
先生の肩がビクっとした。

まゆみ『こんにちは」
大学生らしく挨拶をして笑みを浮かべる。

それが3回あったけど、その度に先生の肩がビクっとしていた。

先生の足がある白いドアの前で止まった。

須賀『いい?君は今患者ではなく大学生。この中は大学の図書室。そうだなぁ。時間は1時間後。またここで」

そういうと、先生はさっさと中へ入って行ってしまった。
追って中へ入るあたし。

さりげなく先生がよってきた。
『君が読むような小説はないけど我慢して」
と小声で言う。
真っ先にあたしの目に入ったのは心理学入門書。
まゆみ『大丈夫。あたし、こういうの好きだから。じゃーね!」
と先生から去る。

興味があったせいか、あっという間に読み終えてしまった。

まだ時間が20分もある。
あたしは読みたい本を見つけたがちびのせい、いや、本が高すぎて届かない。
脚立も大学生が使ってる。

フッと横を見ると先生が同じ列にいた。
あたしは先生の隣に行き、本を選ぶ振りをしながら
『本に手がとどかないからとって」
といい、元の場所に戻った。

さりげなく探す振りをして本に手をかける先生。
あたしは(違う)と微かに首を振る。
やっと見たい本に手をかけたので頷くあたし。
先生は本を取った。
まゆみ『痛っ!!」
鼻に激痛が走り、つい声を出してしゃがみこんでしまった。

先生が手を滑らせ、本があたしの鼻を直撃したのだ。

これはヤバイ展開だ!

須賀『すみません。大丈夫ですか?」
まゆみ『…大丈夫…です。」
須賀『本当に大丈夫ですか?」
まゆみ『たいした事ないですよ。どうぞご自分の用を足して下さい」
須賀『すみませんでした」

あまりの痛さに先生の顔はみられなかったけど、かなり冷やひやしていた事だろう。
あたしは暫くうづくまっていた。
側で脚立に乗っていた学生が苦笑していた。

そうこうしているうちに時間になってしまった。

帰りももちろん、
『こんにちは」
まゆみ『こんにちは笑」

またその度先生の肩がビクっとなる。

そして、大学に通じる通路を出しばらく歩いた人気のない所で、また先生が壁ドンをしてきた。
先生の顔は冷や汗だらけになっていた

須賀『ハァァ… 緊張した… 心臓が爆発しそうだったよ…」
まゆみ『先生、今日のは治療じゃないでしょ。あたしが読書もしたいって言ったからでしょう?何でそんな危険犯すの⁉」
須賀『君がしたいことだからしてあげたかったんだ」
まゆみ『だからって!…でもありがとう。言葉にできないくらい感謝してる。あたし、大学生なれてた?」
須賀『うん。みごとだった」
まゆみ『あたし、ナースになりたいって前に言ったでしょう?なれるかな?
須賀『君なら絶対なれるよ。保証する」
まゆみ『じゃ、先生この病院でナースになってあたしがくるの待っててくれる?」
須賀『もちろん。君はいいナースになれるよ。個人的にも待ってる」
先生はまたタコになった。
まゆみ『約束ね!あたし、先生のお嫁さんになる。」
須賀『絶対だよ」

とても幸せ。この幸せが思いがけない形でなくなるとは当然思っていなかった。

面会(親)
須賀『ねぇ、そろそろご両親との面会も考えてるんだけどどう?」
まゆみ『面会かぁ…母親がなぁ…」
須賀『やっぱりお母さんがネック?」
ミユキ『あたしの親、多分先生の思ってるような親じゃないよ。裏表凄いし」
須賀『誰しも少なからず裏表はあるもんだよ。」
まゆみ『…やっぱりわかってない…」
『なにが?」
まゆみ『何でもない。面会いいよ。先生はもう何回も面談してんでしょ?その上で面会考えてるんでしょ?だったらいいよ。」
須賀『うん。じゃあ、お母さんには連絡入れとくからね」
まゆみ『…うん」

数日後。父母が面会にやってきた。
母は病室に入るなり、
みんなに、手土産を配りながら丁寧に挨拶をした。
(出ました!猫被り!)
父は黙ってそれを見ている。
かかあ天下なので、父は母にはさからえないのが実情だ。

挨拶が終わってようやくあたしの元へときた。
母『まゆみぃ、久しぶりだねぇ。やっぱりずっといないとお母さんも寂しいよ。ねぇ、お父さん」
わざとらしい。猫なで声で気持ち悪い。
すると、母の態度がいきなり変わった。というより、いつもの母になった。
私の耳元でささやく。
母『お前の担当医は一体なんなんだ⁉
ぬぼーっとして何考えてるかもわかりゃしない。だいたい、何できよしが悪く言われるんだ!お前が余計な事言ってるんだろう?それも見抜けないなんて、大した医者じゃねーな!」

似たくはないが『ぬぼーっとしてる」は親子して同じ事思っていたんだ。胸糞悪い!
まゆみ『…確かにぬぼーっとしてるけど、先生は良い先生だよ。それに、あたしは、何も悪い事なんか言ってない。事実を話しただけ。」
母『また反抗して!」
母はヒステリックになった。
父『お母さん」
と言いながら首を横に振る。
珍しい事もあるもんだ。
母は、ハッとし、
母『じゃあ、また後でくるからね。あ、お小遣い置いていくね。それじゃ皆さん、失礼します」
と、深々と頭を下げ病室を出ていった。

それからというもの、父母は10日から2週間に1度は面会にくるようになった。
親戚の面会も許可されていった。

母『まゆみの担当医が変わってるんだよ。きよしの事ばかり悪く言ってなあ。ちゃんと物事を見てないんだよ」
親戚『そんなんじゃぁ、一生懸命やってるつきちゃん(母)も浮かばれないねぇ。まゆみちゃんだってそんな先生で大丈夫なの?
まゆみちゃん、ちゃんと先生に言ったら?」
まゆみ『お母さんが言うほど悪い先生じゃないから。むしろとってもいい先生。焦らせないでじっくり向き合ってくれる先生なの。おばちゃんまで先生を悪く言わないでほしい」
母『また!ホントにまゆみは反抗ばかりで…どこでどう間違っちゃったのか…」
母は泣き出した。
親戚『つきちゃんはちゃんとやってるよ。そんなに自分せめちゃだめだよ?
ほら、まゆみちゃん。まゆみちゃんがそんなんたからお母さんいつも泣かせて。おばさんも本当に怒るよ!いつまでも親不孝してないでしっかりしなさい!」
母の涙は本当の涙ではない。心の中では、また親戚を騙せた。と、あっかんべーしているのだ。
まゆみ『…」
呆れかえって言葉がでてこない。が、先生を悪く言われる事だけは許せない。
『でも、先生はいい先生だから」
母『まゆみ、もしかして先生を好きなのかい?」
あたしはどぎもを抜かれた。
ここでばれたら先生が何をどう言われるかわからない。
母『あの先生だけはやめといて。きよしがかわいそうで…」
まゆみ『好きと良い人とは別でしょ?
あたしは、良い先生だと言ってるだけだよ。」
親戚『つきちゃん、あたしもまた面会にきたらまゆみちゃんによく言っておくから、今日はもうこのへんにしときなよ。家じゃないんだし。ね? 」

おばちゃんの言葉で母は納得し(した振り)帰って言った。

あたしはホッとした。今回はおばちゃんに助けられた。おばちゃんがいなかったら、いつまでも先生との事を聴かれまくっていただろう。
母にバレるわけにはいかない。
母の性格に問題があるからだろうが、それ以上に何かが脳裏に引っ掛かって母だけにはバレるわけにはいかないと感じたのだ。

そういえば、最近、あんなにマメだった先生とのカンファレンスがない。
病棟にいるのはいるのだ。
病室の他の担当患者の所へもくるはくるのだ。
けれど、あたしの所へはこない。
精々廊下ですれ違った時に挨拶する程度。
まゆみ『先生!」
あたしは振り替えって先生を呼び止めた。
須賀『ん?」
先生も振り向く。
まゆみ『最近なんで会ってくれないの?」
須賀『ごめん。忙しいんだ。今から別の患者のカンファだから。じゃあ」
そう言われたらあたしは何も言い返せない。
先生は医者なのだから他の患者も診て当然だ。
(顔が見られるだけでも幸せだ)
あたしは無理矢理そう思いこんだ。
そういう状態が2ヶ月位続いた。

(あたしは嫌われたのかなぁ…)

★松本さん
夜中になにやらがさごそとする音で目が覚めた。
あたしはドキッ!とした。
暗闇の中、誰かがあたしの側にいる。
慌てて灯りをつけたら、同室の松本さんがあたしの台の引き出しを開けて何やらまさぐっている。
まゆみ『何やってるの⁉」
松本さんは黙って自分のベットに戻ってしまった。
それは度々続き、さすがのあたしも頭にきて、もういい加減にして!とビンタをしてしまった。

ある日の食後の投薬の時間。あたしの病棟ではナースの前で薬を飲み、一人一人口をあーんと開けてちゃをんと飲んでるか検査されるのである。
あたしは自分の順番を待っていた。
すると、突然背後から思いきり頭を叩かれたのだ。
振り返ると松本さんだった。
松本さんは、手を止める事なく集中して連打してきた。
『松本さん、何してるの!!」
ナースが慌てて止めに入り松本さんを引き離した。
『まゆみさん大丈夫?怪我はない?」
まゆみ『ちょっと痛いけど大丈夫」
『あそこまでやられて、どうしてやり返さなかったの?」
まゆみ『いや、やり返すも何も突然だったから唖然としちゃって…」
『そりゃそうよね。びっくりするわよね。かなり傷むようだったらちゃんと言ってね」
まゆみ『はい」
あたしには心当りがあった。以前のビンタの仕返しであろう。
後で知った事だが、松本さんは統合失調症の上、糖尿病でかなり厳しい食事制限をされていたらしい。
それを考えたら、あたしが悪かったという思いで、やり返すのはやめておこう。と思ったのが正直な所だ。

須賀『池田さん、ちょっとカンファしたいんだけどいい?」
翌日久々に先生がきた。
まゆみ『今日は忙しくないの?」
須賀『まぁ、いつもよりは。」

 ーカンファレンス室ー
須賀『昨日は大変だったんだって?」
相変わらすペン回しをしている。
まゆみ『昨日?何かあったっけ?」
須賀『え?覚えてないの? 松本さんだよ」
まゆみ『あぁ!あれは痛かったわぁ。」 
頭をさするあたし。
須賀『かなり激しかったみたいだね。君、何もやりかえさなかったんだって?
ナースが褒めてたよ」
まゆみ『やり返すも何も突然だったから唖然としちゃってさ。」
須賀『それにしたって、君の性格じゃあそこまでやられたらやり返してるんじゃないの?」
まゆみ『そうだねぇ。あたし短気だもんね笑。でも、仕方ないんだよ。夜中何度も引き出しまさぐられて、あたし1度ビンタした事あったんだ。だから、その仕返しだと思う。松本さんが食事制限されてるなんて知らなかったし。なのに、あたし…。だから、仕方ないんだよ」
須賀『君、考えが成長したね。益々ナースに向いてきた。」
まゆみ『そう?益々好きになった?」
須賀『話しそらさない!」
先生はまた茹でタコになった。

須賀『まぁ、それはおいといて…
お父さんやお母さんとの面会はどう?」
まゆみ『お父さんはたまに、元気か?っていうくらいで他にはしゃべらない。お母さんばかりが喋ってる。病室の人にも猫被りして喋ってるし。反抗ばかりするとか、突然泣き出したりとか。」
須賀『何か反抗したの?」
まゆみ『…先… お兄ちゃんの事悪く言ってるんだろうって言うから、事実を話しただけだって言った。それだけで反抗してるって。いつもそんなんだよ」
須賀『じゃあ、面会はあまりうまく行ってないの?」
まゆみ『かもね。」
二人は暫く沈黙した。
須賀『今はお兄さんの事どう思ってる?」
まゆみ『どうって… 許せないにきまってるじゃん!忘れたくたって忘れられないよ!殺してやりたい!」
あたしは取り乱した。
須賀『まぁ落ち着いて」
まゆみ『先生が出した話しでしょ?」
須賀『…ごめん。でも、いずれ話さなくちゃならない事だよ。君、お兄さんの事でも以前、一歩前に出られたよね。
僕も一緒だから少しずつ前に進もう」
あたしは深呼吸をした。
まゆみ『ごめん。そうだよね。あたし一人じゃないんだよね。 でもね、先生。
あたしにはお兄ちゃんにされた事許せる時なんかこないと思うし、忘れられないのは事実。そんなんでどうやって前に進むの?」
須賀『それをこれから一緒に学んで行くんだよ。
大丈夫。君ならできるから。」
まゆみ『…うん… でもさ、最近先生会ってくれなかったから、あたしはやっぱり一人なんじゃないかって思ってた。嫌われたんじゃないかって思ってた」
あたしの目から、また涙が落ちた。
須賀『う~ん。忙しかったのも事実なんだけど、ちょっと君とご両親の様子を見ていたかったんだ。これから、またご両親と面談を入れて行こうと思ってる」
まゆみ『…お母さんは変わらないよ。どうせ猫被りで良い母親演じてるだけだよ」
須賀『うん。けどね、いつかは退院する時がくるんだよ。その時の為にもいろいろと進めないと。」
まゆみ『退院…させたいの?」
須賀『今はまだ無理。先の話しだよ」

★自傷
先生の言う事は理解できる。
けれど、あたしは本当に先に進めるのだろうか…

そう思う日々が続いていた。
同時に兄にされてきた事が毎日のように思い出され、こんなに汚れている自分は生きていていいのだろうか? いや、先生はこんなあたしでも好きだと言ってくれた。待ってると言ってくれた。
そんな思いが混ぜ合って、死にたい、生きたいの気持ちが自傷に走った。
生きている証がほしい。
ある夜中から、朝に出る牛乳瓶で左足の膝の横を何度も何度も殴りまくり、傷みで生きているんだと感じる日々が続いた。

その痕はどうにもこうにも隠せない程に大きく紫色になっていた。
ナースに見つかり問い質されたが、『わからない」としか言いようがなかった。
須賀先生にも問い質されたが答えは同じだった。
検査にまわされたが、当然外部からの刺激と判断される。
その後も先生に問い質されたが答えは変わらなかった。
何をどう言えばいいのかがわからなかった。

病院側のミスと判断したのか、両親が呼ばれ、先生はあたしの目の前で両親に状態を説明した。
母『何でこんなになるまで気がつかなかったんですか❗やっぱり担当を替えて下さい!」
須賀『治療を進めすぎたのが原因かと思います。申し訳ありませんでした」
母『とにかく担当を替えて下さい!」
あたしはどうしていいのかわからなかった。
ただ、担当は替えないでほしいとしか言えなかった。
自分がした事なのに、先生が責められてる。あたしが謝るべき事なのに、先生が謝っている。
あたしの心臓がドキドキと早く鼓動をうち始めた。
ハァハァ…
呼吸が荒くなる。発作が出てしまったのだ。
いくら深呼吸をしようとしても無駄だった。発作は酷くなり、あたしは倒れた。

だが、みんなの声だけは聞こえた。
父『まゆみ!大丈夫か!まゆみ!」
須賀『袋持ってきて。後投与!」
須賀先生が治療を始めた。
母『先生じゃダメです!他の先生にして下さい!」
ナース『まゆみさん、ゆっくり深呼吸して!」
師『お母さんお父さん落ち着いて下さい。治まりますから安心して先生にお任せ下さい」
発作はかなり長引いたが時期に落ち着いた。
あたしは久々の大発作でかなり疲れうとうととしていた。
母はまだ興奮している。
母『娘をこんな目に合わせて、それでも医者なの⁉早く担当替えてよ!」
須賀『すみませんでした。しかし、本人の意思もきかないとそれはできかねません。今回は我々の不注意でしたが、ご家族にも問題があるかと」
母『何言ってんの⁉全く…」
父『月子!」
母の話しをさえぎるように、父が怒鳴った。
ナース『発作も落ち着きましたし、お話しはまた後にしましょう。本人もだいぶ疲れてるようですし、今日の所はお引き取り下さい」
父『ご迷惑をおかけしました。お母さん帰るぞ!」
父『まゆみゆっくり休めよ」
父はあたしの耳元でささやいた。
(お父さん…ごめん。ありがとう)
その日を境に、牛乳瓶で殴る事はなくなった。
代わりに、生きている実感もなくなっていた。

翌日。
須賀『おはよう」
まゆみ『おはようございます。昨日はすみませんでした」
須賀『久々の発作だったね。今日は体調どう?」
まゆみ『…あまり良くない」
須賀『…担当医の事な…
まゆみ『須賀先生じゃなくちゃダメ!」
あたしは先生の話しを遮った。
須賀『うん。わかった。お母さんには何とか説得しとくから」
まゆみ『面倒かけてごめんね。」

★面会(知り合い)
『まゆみさん、鈴木さんって方が面会にきてるんだけど知り合い?」
まゆみ『鈴木?男?女?」
『男の人。お父さんの仕事関係の知り合いって言ってるんだけど」
まゆみ『ああ!知ってる。先生は何だって?」
『許可は出てるよ。談話室で待ってるけど」
まゆみ『パジャマだから着替えてから行く」

ナースセンターを覗くと須賀先生が恐い顔をして書き物をしていた。
(今日は機嫌悪そうだなぁ…)
 
 ー談話室ー
まゆみ『鈴木さん!」
鈴木『よぉ!まゆみ!あれ?だいぶ痩せな!」
『綺麗になったと言って!」
鈴木『痩せでも顔は変わらねーよ!」
まゆみ『顔もほっそりしたじゃん」
鈴木『ダメだなぁ。女はいぐらがぷっくりしてた方がいいんだど!今から上手いもんでも買ってきてやっぺか?」
『あたしはスマートになりたいの!とかいいながら秋に焼き芋ばかり食べてだけどね」
鈴木『焼き芋うまいがんなぁ!」
鈴木『ところでよ、まゆみの担当っちゃ今いんのが?」
と小声で聞く。
まゆみ『そこに座ってるよ!」
鈴木『あぁ?なんだか軟弱だなぁ。」
まゆみ『…鈴木さん、お母さんに何か先生の事きかされてるんでしょ」
鈴木『う、うん。まぁちょっどな」
まゆみ『みんなお母さんの言う事ばかり信じる。先生は良い先生だよ。お母さんが何言ってるのか想像つくけど、そんな先生じゃないから」
鈴木『ほだよな。本人がそういうんだから、よっぽど信頼できんだっぺ。それが一番だ!いがっだなぁ。うん。いがっだ。んじゃ、おらぁ帰っぺ!」
まゆみ『もう?」
鈴木『今日は現場が近くだったんだよ。またもどんなぐちゃなんねーがらよ!
またくるよ!」
まゆみ『うん。ありがとねー。バイバイ!」

またナースセンターを覗いたら、先生はまだ恐い顔をしていた。

数時間後。
須賀『池田さん、カンファきて。先行ってるから。」
そういうと、先生はさっさと行ってしまった。

 ーカンファレンス室ー
まゆみ『何?」
須賀『とりあえず座って」
あたしは椅子に座った。
まゆみ『先生、顔恐いよ?何か怒ってるの?あたし何かした?」
須賀『今日来た人誰?」
まゆみ『鈴木さん」
須賀『どういう関係」
まゆみ『お父さんの仕事関係の人で家族ぐるみで付き合ってる人」
須賀『お父さんの仕事関係で名前呼び捨てにするような関係?」
まゆみ『…?言ってる意味がわからない」
須賀『だから、お父さんの仕事関係の人なのに、何で君の事呼び捨てにするの?」
まゆみ『ああ!なんで?なんでかなぁ。もう、小学生になる前から知り合って家族ぐるみだからじゃないの?気にもしてなかったけど」
須賀『じゃあ、鈴木さんにはお子さんもいるの?」
まゆみ『いるよ。家にくるとおねえちゃんがいいっていまだになついてきてかわいいんだよ!
男の子二人。まだ保育園生なの。」
須賀『君と直接関係があるわけではないと?」
まゆみ『…?だから、直接じゃなくてお父さんの仕事関係であたしが小さい頃からの家族ぐるみの付き合い!」
須賀『フゥ…」
先生の顔が解れた。
まゆみ『先生何が言いたいの?」
須賀『いゃ、なんでもない。」
まゆみ『なんでもなくて、そこまで恐い顔して聞く?」
須賀『え?恐い顔してた?」
まゆみ『かなりね。…ねぇ?」
須賀『ん?」
まゆみ『今はもう怒ってないよね?」
須賀『怒ってないよ?」
まゆみ『先生… もしかし嫉妬してた?」
先生の顔が一瞬にして、いつもより茹で茹でタコになってしまった。
須賀『してない!」
まゆみ『嘘つき笑」
須賀『カンファ終わり!」
先生は、またさっさと出て行ってしまったが、久々に生きてる感じが甦った。

★外泊
まゆみ『ねぇ先生。あたし、1度家に外泊してみようと思うんだけど。」
須賀『どうして?」
まゆみ『入院してもう、1年近く経つよ。お母さんじゃわからない荷物とか取りにいきたいし、それに…」
須賀『それに?」
まゆみ『家に帰って自分を試してみたい。久しぶりに学校のみんなにも会ってみたい」
須賀『学校はともかく、家に帰って大丈夫なの?」
まゆみ『わからない。でも試してみたい」
須賀『う~ん…あまり賛成できないなぁ。どうしても?」
まゆみ『うん。どうしても」
先生は暫く腕と脚を組んで考えこんでいた。
須賀『…じゃあ、とりあえず1泊だけなら。でも、何かあったら、夜中でも構わないからすぐに戻る事が条件!」
まゆみ『わかった!ありがとう。」

初の外泊。父は仕事が忙しいらしく、母だけが迎えにきた。
話しは母の一方的な話しばかりだった。
『何であんな先生がいいの?ヤブ医者じゃない!」
『きよしがまた喘息の発作酷くてねぇ。本当だったらお前なんか構ってる暇なんかないのに、わがまま言うから…」
『お父さんはお前に甘過ぎなんだよ。いつもお前が悪いのに、きよしほったらかしにしてお前の事ばかり」
『お前、本当にブスな上に面倒ばかりかけてきてるんだから、人前ではせめて愛嬌だけでもよくしなくちゃダメたよ!」
『お前本当はあのヤブ医者すきなんじゃないのかい?きよしが可哀想だからやめときなよ!稼ぎも悪そうだしね」
等々言いたい放題。

いつもだったら言い返すあたしだが、よくもまぁ喋りまくる母の内容に嫌気がさし、黙って音楽を聞いていた。
久しくカラオケにも行ってない。
時に、声を出して歌っていた。

家は自営業で鉄工所を営んでいる。
従業員『おう!まゆみ!帰ってきたか!いつまでいるんだ?」
まゆみ『明日帰る」
従業員『せっかく帰ってきたのに1泊じゃあ、社長(父)もがっかりだなぁ!」
父は相変わらず無口で無言だった。

まゆみ『お父さんただいま。」
父『ん」
仕事に没頭する父。

家にはいるとお兄ちゃんはいなかった。仕事に行ってるのだろう。
あたしはほっとした。

(そうだ!荷物まとめなくちゃ…)
一息する間もなく、冬物をまとめだした。
母『なんだ!もう荷物まとめかい?
そんなに病院がいいのかい?あたしゃ、面会だの送迎だのしたくないんだよ。早く退院しておくれよ。」
まゆみ『先生がまだ退院は先だって」
母『あんなヤブ医者の言う事なんか何で聞くんだ!なんの役にもたってないじゃないか!」
まゆみ『ヤブ医者じゃないよ。お母さんはお兄ちゃんの事悪く言われるのが嫌だから先生の事嫌いなだけでしょ?」
母『またお前は…ほんとに可愛いげがない!一体何が不満なんだい?何でもしてやってるじゃないか!」
まゆみ『お兄ちゃんには何でもしてやってるよね。でも、あたしはあんたとお兄ちゃんの人形だよ。自分の都合の言いように利用して。先生の事だって気に入らないからって自分の都合のいいようにみんなに話ししてんでしょ!」
母『ほ~ら。また始まった。ヒステリー。そんなんだから、みんなにいろいろ言われるんだよ。お前はヒステリーだけじゃなく色情魔だって佐藤先生も言ってたよ。おぉ嫌だいやだ。」
あたしは母の言葉に声がでなかった。

(佐藤先生がそんな事言ってたの?)

佐藤先生とは入院している病院のあたしの担当医だ。
きっと母の作り話を信じてしまったのだろう。母はとにかく、人を騙すのが得意なのだから。
それにしても色情魔とは…
担当医と副担当医(須賀先生)で連携はとれているはずだ。
ならば、須賀先生もあたしを色情魔だと思っていたのだろうか…
しかし、須賀先生はあたしを好きだと言ってくれた。やはり母が嘘をついているのか?
あたしはまた混乱しはじめた。

母『荷物まとめるだけでどれだけ時間使ってるんだい?早く家の事やってしまいな!」
そう。母は家事が大嫌いなのだ。
久しぶりに帰ってきたのに労りも何もない。
『色情魔」が頭の中をぐるぐると回りながら、家事をした。

兄『ただいま」
兄が帰ってきた。あたしは恐くなった。
もう外は暗くなっている。
やはり、外泊は無理だったのか。
家で過ごす夜に恐怖を感じた。

まゆみ『お母さん、悪いんだけど、やっぱり病院戻りたいから送ってってくれるかな?」
母『何を言ってるんだい?またわがまま言い出して。きよしだって帰ってきたのに。早くご飯つくりな!」
あたしは、諦めるしかなかった。

気づくと夜10時を過ぎていた。病院ではいつも9時就寝なのでさすがに眠くなっていた。薬のせいもあったのだろう。
だが、ベッドに入ってもなかなか寝付けない。
夜が恐いのだ。兄が恐いのだ。
気づくともう、夜中1時をまわっていた。
さすがにこの時間じゃあ兄も寝ているだろうという思いから、ようやく眠りについた。

ところが、兄はやってきた。 
足下がもぞもぞとし、目が覚めた。
既に下着が脱がされ上半身は胸の上までまくられていた。

きよし『待っていたよ…もう、先生に話しちゃダメだよ。本当は気持ちいいんだろう?」
荒い息づかいで兄が言った。
まゆみ『やめて!」
必死に抵抗するが兄の力には勝てなかった。
兄『気持ちよかったよ。まゆみ。また帰ってきたらたっぷり可愛がるからね」
と部屋から出て言った。

腹部に出された精液を肌が赤くなるまで擦りとった。
ただひたすら擦りとった。
朝がくるのを待ってシャワーを浴びた。
身体が汚い。おぞましく思える。あたしは何度も何度も身体を洗った。

まゆみ『お母さん、早くて悪いんだけど、病院連れてって。」
母『お父さんいるからお父さんに連れてってもらいな。…そういうば、あのヤブ医者、研修医じゃないのかい?」
まゆみ『何で?」
母『研修医じゃ金ないだろ?
ちゃんとした医者なら金があるじゃないか。まゆみ、お母さんが悪かったよ。先生が好きなら結婚しな。お前の好きにしていいんだよ。もう何も言わないよ」
まゆみ『…あたしは先生の事好きじゃないよ。良い先生と思ってるだけ。だから結婚もしない。」
母『お母さんにはわかるんだよ。本当は好き何だろう?医者と結婚なんて最高じゃないか!ね?」
まゆみ『だから好きじゃない‼お父さん、病院のせてってくれる?」
父『支度はできてるのか?なら行くぞ」
父は仕事をほったらかしにして病院に連れて行ってくれた。


~続く~
< 4 / 5 >

この作品をシェア

pagetop