さようなら
★証し

師『あら?まゆみさん


★証し
師『あら?まゆみさん、もう帰ってきたの?」
まゆみ『うん。」
師『お家はどうだった?ずっと病院だったから少しは息抜きできた?」
まゆみ『…うん。」
師長は流石に勘がいい。
師『何かあったの?」
まゆみ『…ううん」
師『あ!お父さん。ご苦労様です。まゆみさん、どうでしたか?」
父『私は仕事だけの人間でして、よくわからないんですが、母親と言い合いしていたようで。ただそれだけしか…」
師『そうでしたか。わかりました。」
父『では、まゆみをよろしくお願いします。じゃあな。ゆっくり休めよ」
父は帰って行った。

まゆみ『先生は?」
師『今日は外来だから、午後にはくると思うわ。…まゆみさん、何か辛い事あった? あたしでよければ話してくれない?」
まゆみ『とりあえず荷物整理して、少し休みたい」
師『そう。わかったわ。何かあったら言ってね」
まゆみ『ありがとうございます」
荷物整理もせずベッドに横たわるあたし。
まだ、身体が汚くおぞましい。
『色情魔」が頭をぐるぐるとしている。
そして、あたしは今度は生きてる証しがほしくなくなっていた。

須賀『池田さん?寝てるの?」
カーテンから顔を覗かせている先生。
いつの間にそんな時間になっていたのか。
気づくと食事も誰が持って来てくれたのか、台の上に置いてある。
決して眠っていたわけでもうとうとしていたわけでもないのだが…

まゆみ『…起きてる」
須賀『お帰り」
まゆみ『ただいま」
須賀『ご飯食べないの?」
まゆみ『…お腹空いてない」
須賀『……カンファレンス室行こうか」
まゆみ『…うん…」

 ーカンファレンス室ー
須賀『外泊はどうだった?」
まゆみ『…」
須賀『上手くいかなかったみたいだね」
まゆみ『…うん」
須賀『何があったの?」
まゆみ『…お母さんがうるさかった」
須賀『なんて?」
まゆみ『いろいろ」
須賀『それじゃわからないよ」
あたしは何を話していいのか迷った。
先生の事は言えない。先生が気分を害するだろう。
まゆみ『先生、あたしってさ、ブスなのはわかってるんだよ。けど、そんなに酷いブス?」
須賀『お母さんに言われたの?」
まゆみ『うん。お前はブスなんだから愛嬌よくしてろって。」
須賀『僕から見たら君は可愛いよ。愛嬌もある」
まゆみ『あたしに構ってる暇もないって。お兄ちゃんが喘息酷くて可哀想だからって。せっかく帰ったのに、家事やらされてゆっくりもできなかった」
須賀『お母さんは何してたの?」
まゆみ『TV見たり電話であたしの悪口言ったり。」
須賀『それは前から?」
まゆみ『お母さん、お兄ちゃんの御菓子づくりはするんだけど、家事とかやらないの。掃除も洗濯も小学生の頃からあたしがやってた。ご飯も遅くて出来上がるのが夜の10時とか11時とか。だから、見よう見まねで、中学生の時には部活早く帰れた時はあたしが作ってた。」
須賀『部活は何時までやってたの?」
まゆみ『吹奏楽部に入ってたんたけど、かなり有名だったんだ。だから、大会とか近づくと、朝は5時からとか夜は10時までとか。そんなに早くて遅いのに、夜ご飯も作ってないし、お母さん、夜中までTV見てるから朝起きられなくて、従業員の朝の御茶だしも出来ないから、家出る前に、あたしが従業員のお茶の準備してたの。」
須賀『お父さんやお兄さんは何も言わないの?」
まゆみ『言っても無駄なの解ってるんじゃないかなぁ。お兄ちゃんはカフェの任されオーナーしてるから食べてきちゃうし、お父さんも適当に朝とか食べてる。」
須賀『じゃあ君の得意な料理は?」
まゆみ『煮物。」
少し『凄いね!食べてみたい。」
まゆみ『お嫁さんになったらね!」
あたしはそういうとハッ❗とした。
あたしは、先生をこれ以上好きになってはいけないんだ。結婚どころか、付き合う事もできないんだ。だって、先生が母の餌食になってしまうから。
そうだった… 朝帰ってきてから、ずっとその事を考えていたんだった。
須賀『どうしたの?急に黙っちゃって」
まゆみ『うん。ちょっとボーッとしちゃったみたい」
須賀『他には何言われたの?」
まゆみ『いろいろありすぎてわかんなくなっちゃった」
須賀『…お兄さんとは?」
まゆみ『……抵抗できなかった。
あたし、やっぱりダメだよ。もう生きてるの辛い…」
俯くあたし。もう、枯れ果てたのか涙さえ出てこなかった。
須賀『死んでも何も始まらないよ。第一、会えなくなってしまう。僕は待ってるから。ずっと待ってるから。」
先生の言葉が、あたしの胸をえぐり出す。
(お兄ちゃんの問題だけじゃないんだよ。先生… もう、無理なの。)

今の母の先生に対する考えを話したらどうにかなるのだろうかと思ったが、あたしは、先生を餌食にしたくない。好きだからこそ身を引く道を選んだ。

★薬
病院での薬で、あたしにとって夜の薬は一番重要だった。
極度の不眠症でハルシオンがないと眠れないのだ。 
いつものように、ナースの前で口をあーんして、ちゃんと飲んだか確認する。 
ところが、その日からそれは違っていた。
歯茎の脇まで確認するわけではない。
あたしは薬を器用に歯茎の脇にいれ飲んだ振りをする。 
そして、病室に戻り、口から取り出してビニール袋にはきだす。隠す。
それを二ヶ月弱続けた。

お陰で精神は不安定で夜も眠れずイライラして先生に八つ当たりする事も多くなっていた。
そのせいか、安定剤も増える。先生との衝突も増える。

もしかしたら、嫌われるかも知れない。しかし、それで良いのだ。
だって、先生とは一緒になれないのだから。いっそ嫌われてしまいたい。
そして、あたしは家に帰る事もなくこの病院で死ぬのだ。
あたしの頭の中は先生を母から守る事。
先生を失うあたしはもう生きてる意味がない。
その為に死ぬ事でいっぱいだった。

★自殺
ある夜。巡回が来ない時間を見計らって、溜めておいた薬の中からハルシオンの数を数えた。約40錠あった。
きっと死ぬには充分な量だろう。

翌朝。
まゆみ『今日須賀先生くる?」
ナース『う~んと… 確か非番だったと思うわ。何か急用?」
まゆみ『ううん。最近イライラして先生と喧嘩ばかりだけど、やっぱり会えないとつまらなくて」
ナース『まゆみさん、先生もかなり悩んでるわよ。何かまだ話せてないことあるんじゃない?」
まゆみ『ううん。ちゃんと話せてるよ。言いたい事もズバズバ言ってる。ただ、イライラするんだ。」
ナース『そう?薬も替えたのに効き目ないのね。また先生と相談してみるわね」
まゆみ『うん」

先生はいない。実行の日がきた。
溜めておいた薬を靴と靴下の間に隠す。
まゆみ『売店行ってきまーす」
病棟を出て真っ直ぐ売店へと向かう。
薬を飲む為の水を2本買った。

さて、どこへ行こうか…
あたしは死に場所を求めさ迷った。
できるだけ病棟から遠くて人目につかない所。
まずは、人気が少ないところを探し求めた。
ついた所は、おそらく大学の近く。たまに、ちらほら学生らしい人が通るだけ。
回りを見渡すと階段があった。

(屋上へ行こう)

あたしは階段を登りはじめた。
何階にいたのかわからない。息をきらしながら、ただひたすら階段を登り続けた。

(あった!あの扉をあければ屋上にちがいない。)

だが、その扉は鍵がかかっていた。
もう、歩く気力もない。

あたしは階段に座り込み息を整え靴の中から薬を取り出した。

ハルシオンがどの薬なのかはわかっていた。
まず1錠。先生の初対面を思い出す。
2錠。先生の癖を思い出す。
3錠。先生との想い出を思い出す。
4錠。先生すきだよ…
5錠。先生の元にいきたかった…
6錠。兄にされた事を思い出す。
7錠。母の言葉を思い出す。
8錠。色情魔…

それから、あたしは口に入るだけ入れて薬を飲んだ。ハルシオンだけではない。ある薬をがむしゃらに飲んだ。

そしてまた先生を思い出す。
好きじゃない。愛してると…
先生との想い出が強すぎて涙が溢れる。

意識が朦朧としてきた。

先生、ありがとう。さようなら…。


ハアハアハア…
誰かの荒い息づかいが聞こえる。
(…何で? 誰がいるの?)
あたしは意識が朦朧として階段に座り込んでいた。
師『い、いた…ハア…やっと見つけた… まゆみさん、どうしたの?」
師長はあたしの足下を見た。
師『薬飲んだのね⁉一体何を飲んだの⁉」
まゆみ『❌■🔺…」
師『え?何⁉」
まゆみ『…ハ…ルシ…」
師『ハルシオン⁉何錠飲んだの⁉」
まゆみ『…3…0…」
師『そんなに…」
あたしはどんどん意識が遠退いて行った。
師長はPHSをとりだした。
師『F6N屋上。ハルシオン大量摂取。すぐにストレッチャー。中原先生と須賀先生に至急連絡して! まゆみさん、しっかりして!寝ないで❗」
師長はあたしの肩をゆらしたり頬っぺたを叩いたりしていたらしいが、あたしはもう意識がなかった。

★処置室
担当ナースが心電図をとりつけラインをとっている。
中原『飲んでからどの位経つ?」
師『二時間近くは経ってるかと」
中原『二時間…無駄かも知れないけど
胃洗浄してみよう。 池田さん、口から管いれますからね。ちょっと苦しいかも知れないけど我慢してくださいね」

(いやいや、先生。そんな事しないでください。ほっといてください。)
と言ってるつもりだが声が出ない。

中原『出ないか…全部吸収したか。まずいな…」

バン!!
突然処置室のドアが思いきり開いた。
須賀『どんな状態⁉」
須賀先生が、恐い顔をして息をきらしながら入ってきた。
中原『かなりまずいな。とりあえず胃洗浄はしたが出てこない。後は任せたよ」
中原先生は出て行った。

須賀『ふざけんなよ…何してんだよ!」
須賀先生が怒っている。
(先生、ごめんね。)

突然心電図の音がなった。
『ピーー」
須賀『除細動!」
ナース『はい」
須賀『離れて!」
バン!! ピーー
須賀『上げて!」
ナース『はい!」
須賀『離れて!」
バン!! ピーー
須賀『何でだよ…約束したじゃないか!待ってるって… 待ってるって言ったじゃないか!」
先生は涙を流し叫んでいた。

あたしは気がついた。じぶんが身体に入って無いことに。
頭上から全てを見ているのだ。
つまり、死んでいるのだ。
(先生…約束覚えてくれてたんだね。嬉しい…。でも、もう無理なの。先生とは一緒になれないの。だからこのまま死なせて下さい。お願いだから…)

須賀『エピネフィン投与!」
ナース『はい!投与しました」
須賀『上げて!離れて!」
バン!!

最後の除細動。
あたしの身体がドスンとなり、あたしは目を開けた。

先生はあたしを睨み付け、だけど安堵した顔で泣きながら処置室を出て行ってしまった。

その日は担当ナースが付きっきりで処置室で過ごし、翌朝病室に戻った。

まだ頭がクラクラとする。
ハルシオンを大量摂取したのだから当然であろう。

★退院
あれから10日以上も経つが先生は一度もこない。
怒っているのだろうか?
自殺に追いやってしまったと悔いているのだろうか?
先生は何も悪くない。
悪いのはあたし自身だ。
相談もせず、打ち明ける事もできず、先生を諦めた。
いや、捨てたと同じだ。

本当に先生には悪い事をしたと思ってはいた。
しかし、自殺をした事を悔いてはいない。
先生を母の餌食にしない方法があたしにはそれしかなかったのだから。

久し振りに先生を探した。
まゆみ『先生…話しがしたい」
先生はまだ恐い顔をしていた。
須賀『何の話し?」
と、つっけんどんに言われた。
当然であろうが、あたしの心がギュッ!と傷んだ。
まゆみ『退院したい」
須賀『…カンファレンス室開けるから」
 
ーカンファレンス室ー
先生の顔が恐すぎて直視できない。
まゆみ『先生…ごめんなさい」
須賀『何が」
まゆみ『…薬飲んだ事」
須賀『何であんな事したの?」
まゆみ『…死にたかった…」
須賀『いつから?」
まゆみ『足に痣できた頃から」
須賀『どうして?」
まゆみ『…わからない。話せない。」
須賀『…退院してどうするの?」
まゆみ『学校行く」
須賀『家ではどうするの?」
まゆみ『……」
言葉が出てこない。本当ならあんな家には帰りたくないのだ。
まゆみ『退院…させてください。」
須賀『返事になってないよ」
まゆみ『…いいから、退院させてください」
須賀『まだ無理だよ。」
まゆみ『お願いだから退院させてください」
須賀『早すぎる」
まゆみ『もう、先生の側にいるのが辛いの!退院させてよ!」
あたしは声を荒げた。
須賀『…もう勝手にしろ!」
先生も本気で怒ってカンファレンス室から出て行ってしまった。
あたしは一人カンファレンス室で泣いていた。

あたしの我儘だが、退院はあっという間に決まった。

まゆみ『お世話になりました」
そこに、先生の姿はなかった。

本来なら通院をするべきなのだろうが、通院もしなかった。

家では入院前の生活に戻ってしまった。
学校も単位が落ち辞めてしまった。 

無気力な毎日。でも、先生を忘れる事はできなかった。
逢いたい気持ちでいっぱいだった。
先生との約束も忘れていなかった。
おそらく忘れる事などできないであろう。
ナースになって戻ってくるのを待ってると…。

★崩れた夢
まゆみ『お母さん、あたし、ナースになりたい。伯母さん、昔病院で働いてたんだよね?そこで助手として働けないかな?来年、準看の資格とりたいんだ」

退院してから、あたしは母に一切反抗しなかったせいか、快く引き受けてくれ、話しもトントン拍子に進んだ。

あたしは一人暮らしを始め、茅ヶ崎の山の中の病院で助手として働きながら、勉強をした。
もう先生には会えない。けれど、あたしの中では消えない約束。ナースになる。
あたしは頑張った。がむしゃらに頑張った。
勉強しながら、ナースの仕事も凝視していた。
幸い、職場の人達もみんな良い人に恵まれていた。

ある日夜勤明けで寝ていると、2階から大きな声と音が何度も聞こえ目が覚めてしまった。
新しい職員が入居するらしく、院長の秘書が部屋案内をしていただけの事だった。
だが、それが原因で歯車が狂い出した。

2日後、あたしは院長に呼び出しをくらった。
隣に住むナースからの苦情が原因だった。

院長『池田さん、あなた、夜中や朝方に大きな音出したりして迷惑かけてるんだって?」
まゆみ『え? そんな大きな音は出してませんが… 洗濯とかシャワーの音でしょうか?」
院長『それだけじゃなくて、部屋に男性を入れてるらしいじゃないの!」
まゆみ『男性ですか?女友達なら泊まり掛けで来たことありますが、男性は来てません」
院長『嘘つかないの!みんな情報が入ってるんだから! 一生懸命やってると思ってたのに、裏切られたわ!
この病院で仕事をしたいのなら、社宅を出て他のアパートに移りなさい!それが今すぐできないなら首です!」

今すぐと言っても無理な話しだ。
大きな音もきっと入居者の時の音だろう。男性とは…?
そういうば、2階に住む調理師の中尾さんにあたしは余程気に入られている。
その中尾さんの声がまたバカでかい。
『まゆみちゃん!コーヒー飲みに行こ!」
『なんか不便な事はないか?なんでもやったるで!」
そんな感じで声をかけてくる。
それが誤解を招いたのかも知れない。

とりあえずその日の勤務はまだ終わってなかった。
仕事に戻ると、何故かみんながあたしを避けている。
あたしには意味がわからなかった。

師長と助手主任に呼び出された。
二人は姉妹だ。
師長『あなた、院長の紹介でここにはいったんじゃなかったの?」
まゆみ『え?違いますよ」
主任『院長の紹介って言ってたじゃないの!」
まゆみ『いえ、院長の紹介ではなく、伯母が昔院長の病院で働いていたので、伯母に院長を紹介していただいたんです」
主任『何それ⁉あたしたちは院長の紹介だって言うから優しくしてたのよ!そうじゃないなら、優しくなんかしなかったわ!」
まゆみ『…あたしの言い方が間違ってたのかも知れません。申し訳ありませんでした。」
師『院長は何て言ってたの?」
まゆみ『今すぐ社宅をでれないのなら首だと…」
師『当然よ!あたし達までだましてきたんだから。首よ!」
まゆみ『わかりました。今日の勤務が終わったらやめます。」

社宅を出たらあたしの給料で住めるアパートなどない。

母も院長から呼び出しをくらい、首を宣告された。

 ー伯母の家でー
母『全くまゆみにはほとほと呆れ返ったよ… 嘘ついて騙して、みんなに迷惑かけておまけに男連れ込んでたなんて…
とんだ恥かかされたよ」
あたしは、何も言い返す気力がなかった。
準看の試験まで、後3ヶ月の出来事だった。
もし、準看になれていたとしても、正看になるまでにはまだ何年もかかる。
あたしはそれでもよかった。
逢えないけどナースになる約束は果たせる。だから… だから頑張ってた…。
とんだ誤解から、あたしの夢は崩れた。

荷物を纏め引っ越しも済み、あたしはまた実家へと戻らざる得なかった。
幸い兄が一人暮らしを始めていたので、それだけが救いだった。

★パート
実家へ戻り、スーパーでパートとして働き始めた。
持ち場はレジ。
仕事に馴れてきた頃、店長からパート主任を任された。
給料は安いが夢を無くしたあたしにはお似合いの仕事だったのかも知れない。
が、ここでも不運が待ち受けていた。

あたしは風邪をひき、3日休んだ。
4日目仕事にでると、同い年の子があたしを見てニコニコしている。
幸恵『ねぇ、あたし、バイトなのに主任になれって鍵わたされたんだ。まぁ、あたし可愛いじゃん?まゆみちゃんブスだし、店長に可愛がられてないから、いずれこうなる事は解ってたんだけどさ。ま、そういうわけで、今日からあたしの方が上だからよろしくぅ!」
あたしは唖然とした。
主任を降ろされた事はどうでもいい。
幸恵の言葉に唖然としたのだ。
(普通、あたしは可愛いじゃんとか言うか⁉)
と…。

何故かしら、その日から店長からの嫌がらせも始まった。
あたしには休憩もとらせず、なのに、給料はしっかりと休憩が入った計算。
幸恵は仕事もしないで、事務所で店長とイチャイチャしている。
しかもバイトなのに、パートのあたしより時給が良い。
シフトも減らされた。
あたしは仕事ができないわけではないと自負していた。
むしろ、客からは、
『ここの社員は素晴らしいなぁ。仕事もテキパキしてるし、愛嬌もいいし。姉ちゃん、もう何年社員やってんだ?」
まゆみ『いえ、あたしはただのパートですよ」
客『あぁ?てっきり社員かと思ったよ。他の店員はダメだな。全然なってねーよ!」
まゆみ『申し訳ございません。他の
者には注意しておきますので」
客『いや、いいんだ。おらぁ、姉ちゃんの顔見に毎日きてるよーなもんだから。」
まゆみ『ありがとうございます」
と、よく褒められていた。

ある日、小銭がすくなくなり、事務所へ両替に行った。
相変わらず幸恵と店長は仕事もしないでイチャイチャしている。

あたしはイライラした。
まゆみ『店長、イチャイチャするのは構わないけど、ちゃんと仕事してくれます?そもそも、バイトで仕事しない方が時給いいとかおかしいし、店長なのに店にも出ないのもおかしくないですか? 客にどう思われてるか知ってます?」
店長はあたしを睨み付けた。
『もう帰っていいよ。明日から来なくていいから。君首決定!」
幸恵は笑いこけている。
そこには、次長もバイザーもいた。
あたしは無性に腹がたった。
まゆみ『はぁ⁉ っざけんじゃねーよ!テメエ何様だ⁉ 幸恵もだよ!テメエら仕事もしないくせに給料もらって他の従業員の事考えた事あんのかよ!しかもテメエ、会社の金横領して博打やってるよな⁉全部上にばらしてやるよ!やめるのはそれからだ!今すぐばらしてこんな店こっちから辞めてやるよ!」
といい、あたしは本部に電話をかけた。
店長は慌てて受話器を取り上げ電話を切った。
まゆみ『なめんじゃねーぞ!」
と睨みを聞かせた。

パチパチパチ
拍手の音で我に返ったあたし。
次長『いゃあ、見事だった。素晴らしい!おかげでスッキリしたよ」

地が出てしまったあたしは赤面していた。

当然、その場で仕事を辞めた。

母『全く… 何をやっても続かない。どうしてこんなダメな子になったんだろう…」
続かないわけではない。首になってしまうのだ。
事情を説明しても無理なのは解っている。
あたしは黙って部屋に行った。

★結婚
数日後。生命保険屋がやってきた。
保『娘さん、今仕事してないんですよね?」
母『恥ずかしいけどなにやっても続かない子で…」
保『私が出入りさせてもらってる所で事務員を探してるんですよ。よかったらどうですか?」
母『まぁ!それは有難い話しです。こんな娘でよかったら是非お願いします」
あたしの意見なんかどうでもいい。母はいつも勝手にあたしの道を決めてしまう。
逆らっても無駄なのもわかってるし、相変わらず家で濃き使われるのも、一日干渉されるのも嫌だ。
あたしはOKし、話しはトントン拍子に進んだ。
 
2週間後に初出勤をした。
仕事は青果市場の事務員。
農家が持ってきた青果がどの値でいくつ売れたかを電卓で計算する簡単な仕事だ。
1週間も経つと、電卓にもかなり馴れ、電卓など見ないで打てるようになっていた。
しかし、職場の雰囲気は悪い。女性社員がみんなツンツンすましているのだ。
毎日ピリピリした空気が流れている。

農家の人が子供をつれてきてもニコリともしない。
電話の対応も事務的すぎる。
どうも、この雰囲気にはいつまで経っても慣れない。

ある日、農家の人が子供を連れて、お金をもらうのをあたしの側で待っていた。
まゆみ『僕いくつ?」
子『ちゃんちゃい!あのね、今度幼稚園に行くの!」
農『しぃ!大人しくしてなさい。みんな仕事してるんだから」
親の顔がピリピリしている。やはり、事務員の空気が伝わっているのだろう。
まゆみ『大丈夫だよ。僕ガム食べる?辛いガムだけど。どーぞ」
ニコリとしながら子供に渡した。
子『ありがとう!」
まゆみ『どういたしまして」
と笑顔で言う。
農『すみません。仕事中なのに…」
まゆみ『いいえ。大丈夫ですよ。」
事務員があたしに睨みをきかせている。
(おぉ恐!)

会社には独身男性が二人。独身女性があたしを含め3人いた。
そのうち二人は婚約を済ませていて、もう一人の女性は彼氏持ち。

フリーの独身はあたしと飯村さんという男性だけだ。

当然、回りは囃し立てる。
だが、あたしにはその気がない。
まだ、先生をわすれられないでいるのだから。
二人で撮った写真も母に見つからないようにいつも持って歩いていた。
辛い事があるとその写真を眺めて自分を励ます。

そんな状態で囃し立てられても迷惑だ。
飯村さんも、あたしと目を合わせようとすらしない。あたしに興味がないのだろう。

しかし、事態は変化するものだ。
競りに出した伝票を、飯村さんはやたらとあたしに渡すようになってきた。
当然会話も増える。

その頃には兄は結婚していて、実家に戻っていた。
義姉とあたしはよく会話をする。
会社での話しもよくしていた。

そんなある日、
義姉『ねえ、飯村さんってさ、もしかして一校であたしと同じ歳じゃない?」
まゆみ『ん?あぁ、そういえばそんな事言ってたかも。」
義姉『下の名前、まさのりじゃない?」
まゆみ『なんで知ってるの?」
義姉『あたしの同級だよ!確かねぇ、実家は米農家で、かなり土地持ってるはすずだよ!ミユキちゃん結婚したら玉の輿だよ!」
その話しを母が聞いていた。
母『何反ぶりの土地だい?」
姉『話しきいただけだけど、10反ぶり以上はあるらしいよ!」
(たんぶりって何?意味わかんない!)
母『へぇ…まゆみ、飯村さんと結婚さしたら生活に困らないよ!」
まゆみ『結婚したらって言われても、付き合ってもいないしなんとも思ってないんだけど… 第一、たんぶりって言われても全くわからないよ」
姉『この家と工場合わせても何十倍の土地だよ!」
まゆみ『…想像できんわ」
母『ここまでバカだなんて… とにかく、飯村さん物にしちゃいな!」
また始まった。あたしの道を勝手に決める。
まゆみ『…ご飯作ってくるわ」
と、その場から逃げ出した。

その晩、あたしは先生の夢を見た。
『先生、あたし先生を守りたいの。だからさよなら…」

ただそれだけの夢だ。
しかし、思い出した。
母は金欲しさに先生を餌食にしようとしたんだった。
たからあたしは…

(そうだ!母は金持ちなら誰でもいいんだ。結婚すればこの家からも出られる。一生先生を守れるんだ!)

あたしは甘かった。これから待ち受けてる事など、想像もしていなかった。

その日を境にあたしは飯村さんに積極的になっていった。
毎日天気予報を見て、雨のマークがでてれば飯村さんのディスクにそっとタオルをいれておく。
夜勤の時には、おむすびを作って渡していた。
最初は戸惑っていた飯村さんも次第に慣れ始めたのだろう。
『Thank You」
といいながら、自然に受けとるようになっていた。

ある日、給湯室で窓を開け洗い物をしていた。

飯村さんが近寄ってきた。
飯村『あのさ、今度の日曜日時間つくってくんねーかな?」
まゆみ『日曜? うん。大丈夫だよ。」
飯村『じゃ、時間とか後で電話するから番号教えて」
まゆみ『メモしてディスクいれとくね」
飯村『悪いな」
そういうと仕事に戻った。

日曜日。お昼過ぎに飯村さんから電話がきた。
『夕飯食べに行かない?」
『うん。いいよ。」
『じゃあ6時に向かえに行くから家教えて」

飯村さんは道に迷ったらしく、少し遅れてきた。
『遅れてごめん」
『ほんのちょっとじゃん。で、何食べる?」
『豚カツでいい?」
『うん。」
二人は豚カツを向かい合って食べた。

飯村『まだ時間大丈夫?」
まゆみ『大丈夫。ちゃんと家には言ってきてあるから。どこか行くの?」
飯村『夜景見に」

連れて行かれたのは筑波山だった。 
飯村『あのさ…」
まゆみ『何?」
飯村『俺と付き合ってくれないかな。できれば結婚前提に」
あたしは不謹慎だ。飯村さんの言葉に須賀先生を思いだしてしまった。
まゆみ『…」
飯村『やっぱりダメだよね」
まゆみ『ううん。いいよ。」

そして結婚前提に付き合い始めた。
母はもちろん大喜びだった。
飯村さんとなら、どこへ出掛けても何時になっても文句を言う事がなかった。

しかし、いつまで経っても家族に紹介してくれない。
痺れをきかせた母が問う。
母『飯村さん、結婚前提に付き合ってるのに、いつになったらご両親に紹介してくれるの?」
飯村『はあ… ちょっと色々あるもんで…近いうちに必ず紹介しますから。」

★義父さん
飯村さん宅に行くと、奥から飯村さんのお父さんが出てきた。
杖をつき、足はびっこをひき、右手はくの字に曲がって固まっている。
義父『は…はじ…まし…。まさ…のり…ちちち…で…す」
ヨダレをダラダラ垂らしながら一生懸命に挨拶をしてきた。

飯村さんを見ると恥ずかしそうに下を向いている。

(ははぁん。紹介してくれなかったのはこれが原因か…)

だが、あたしは何も驚かなかった。
ただの身体障害者だけなのだから。

まゆみ『初めまして。池田まゆみと申します。まさのりさんにはいつもお世話になっております」
飯村『もういいだろ?早く部屋戻れよ!」
義父が悲しそうな顔をして戻って行った。

飯村『2階上がれよ」
まゆみ『うん。」

そのうち、義母が帰ってきて部屋にきた。

義母『どーも。まさのりの母です。父親は会ったのかな?」
まゆみ『はい。会わせていただきました。」
義母『びっくりしたでしょ?」
まゆみ『いぇ。全然」
義母『まさのり、お前いい人見つけたなぁ。お父さんがあんなんだから、一生結婚は無理だと思ってたけど…よかったよ。じゃあ、まゆみさん、ゆっくりしてってください」
まゆみ『ありがとうございます」

それから、また話しがトントン拍子に進み、あたしたちは結婚した。
結婚式前夜、義母から電話があり、腰を悪くして入院しているおばあちゃんが、孫嫁と暮らしたいと言っているので、退院させても良いかと聞かれた。  
あたしは、構わないと答えた。

新婚旅行から帰ってきて玄関を開けたら、お祖母ちゃんが正座して待っていた。

祖母『お帰りなさい。初めまして。まさのりの祖母です。この度はご結婚おめでとうございます」
まゆみ『ありがとうございます。初めまして。まゆみと申します。ふつつかものですがこれからよろしくお願いいたします」
祖母『どうぞ。もう、自分の家なんだから、遠慮しないでお上がんなさい」
そういうと、祖母は立ち上がり歩き出した。
杖をつき義父とは違う方の足を引きずり、左手はくの字に曲がっていた。

(騙された!)

あたしは一瞬そう思った。
腰が悪いとしか聞いてなかったのだから。
しかし、祖母もただの身体障害者なだけである。
あたしはすぐに気を取り直した。

義母がとってくれたお寿司を頂き、今日は何もしなくていいからと言う言葉に甘え、早目に床についた。

翌朝。飯村家の一日がわからない。早目に起きて義母の様子を伺っていた。
起きたら仏壇にご飯とお茶と線香。
それから洗濯機を回しながらご飯の仕度。
6時半にはお祖母ちゃんと義父さんがダイニングにやってきて二人でご飯。
その間、義母は自分のお弁当を作ったり、ちょっと庭の野良仕事をしたりして、7時半には化粧と仕度を始め、8時に家を出る。
そして、お祖母ちゃんと義理父のお昼はカップ麺。
5時半に義母は帰宅し、夕飯の準備を始め6時にはご飯。
ご飯が済んだらお祖母ちゃんと義父をさっさとそれぞれの部屋に戻す。
そして風呂。
酒。
寝る。
パターンは掴めた。

翌朝から、あたしは6時に起き義母のやっていた通りに家事をこなす。
昼は流石に毎日カップ麺では身体に悪いと思い、違う物をつくったが、義父は大のラーメン好きだった。
お湯を少なめにし、味を濃くし、汁まで全部飲み干す。
いくら身体に悪いからと言っても一向に言う事をきかない。
お祖母ちゃんも、楽しみはそれと酒だけなんだからとりあげりるなと言う。
それ以外はとても良い義父とお祖母ちゃんなのだが…。

1週間も経たないうちに、義母が言った。
『早く夕飯を済ませて5時半には部屋に戻させろ!」
と。
義父とお祖母ちゃんに聞くと
『まゆみちゃんが嫁に来る前は、芳子(義母)が朝のうちにおむすびをつくって、夜はそれを食べて芳子が帰って来る前に部屋に戻ってなくちゃならなかったんだよ。それがなくなったから喜んでたのに、またか…」
流石に可愛そうと思い、旦那(まさのり)が帰ってきてから、その話しをした。

だが、突然旦那があたしのお腹に蹴りを入れてきた。そして、あたしの髪を鷲掴みにし、部屋中引きずり回し、顔面をぼこぼこにされた。
ミユキ『やめて!痛いよ!何でこんな事するの⁉」
旦那の顔はさらに恐い形相になり、
『俺に口答えするな!家庭の問題に俺を巻き込むな❗」
と、さらに暴力が増した。

あたしは1階に逃げ出した。
義母『なんだ?どうしたんだ⁉」
まゆみ『いきなりまさのりさんが暴力ふるってきて…」
あたしの身体は震えていた。
義母『女は黙って男の言う事を聞いていればいいんだ。悪いのは女なんだから。あんただって、何の為に嫁にもらってやったと思ってるんだい⁉嫁の分際、奴隷の分際であんたは生意気なんだよ!嫁の変わりなんていくらでもいるんだ。あんたはただ、跡継ぎを産む道具なんだよ!」
あたしはショックを受けた。
(奴隷…道具… 実家にいる時と変わらない…)

それからというもの、些細な事ですぐに暴力を振るわれるようになっていった。
義母は実母と同じだった。

そう。旦那と義母はDVだったのだ。

あたしは身体も心もボロボロになった。

その頃には子供が二人いた。
ボロボロになっても子供の為に耐え抜いた。

けれど、あたしにも限界がある。
ある時、実家に逃げ込んだ。
窶れた顔に痩せ細った身体。そこには無数の傷と痣。
義姉も、父も、母も、流石に兄も仰天していた。

暫く実家に泊まらせてもらえる事になはなったが、そんなあたしを見ても母は容赦なくあたしをこきつかった。
暴力を振るわれるよりは遥かにマシだった。

しかし、母は言った。
『早く帰りな」
と。
それでも帰らないでいると、義母がやってきた。
『戻るなら今のうちだ。嫁の変わりなんていくらでもいるんだから、子供だけ渡せばいい」
と、みんなの前で言われた。
母『まゆみ、帰りなさい」

これが普通なのかどうかさえわからなくなっていた。

★再会
もう、本当に限界だった。
あたしは、病院に電話をし、診察の予約をとったが三ヶ月待ちだった。

その三ヶ月が辛かった。
そして、恐かった。
先生に会ってしまうかもしれない。
そしたら、あたしはきっと自分が保てなくなるだろうと…

しかし、医者に頼らなければならないほどあたしの心と身体は衰弱仕切っていた。
(どうか、担当が須賀先生ではありませんように…)

ようやく診察日。あたしの順番がきた。
『飯村さん、3番へどうぞ。」
あたしの中でなにかが崩れた。
懐かしい声だ。
(あぁ…会ってしまうのか…)

ドアをノックする。
『失礼します」
須賀先生はあたしを見て目を大きくさせた。
須賀『久しぶりだね。」
まゆみ『はい。お久しぶりです。その節は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
須賀『それはもう済んだ事だよ。それより…君、結婚…したんだね。」
まゆみ『はい。」
須賀『恋愛結婚?」
ミユキ『…そうです。」
違うとは言えなかった。
先生を守る為とは言えなかった。
言ってしまったら、あたしはあたしでなくなる。きっと子供を捨て、実家も捨て本当に先生の後を追うだろう。

そうだ。何であの時実家を捨てられなかったのだろう…。

まゆみ『先生、ご結婚は?」
須賀『まだしてないよ」
聞かなければよかった。
あたしはまだ先生が忘れられないでいたのだから。後悔した。

須賀『…君変わったね。幸せじゃないの?」
その言葉にホロホロと涙が出てきてしまった。
結婚してから今までの話しをした。入院の話しも出たけど、子供がいるから無理だと断った。
入院したかった。逃げたかった。そして先生の側にもどりたかった。

暫く通院する事になった。
1か月に1度。それが約1年近く続いただろうか。

★さよなら
須賀『大事な話しがあるんだ。」
先生のおかげで、少し心の状態は良くなっていた。
まゆみ『何?」
須賀『うん…。実はね、来月から違う病院に行く事になったんだ。」
まゆみ『どこ?」
須賀『東京」
まゆみ『…遠いね」
須賀『うん…。そこでもよかったら引き続き診られるんだけど…」
まゆみ『…」
あたしは言葉に詰まった。喘息で内科にかかってると嘘をついてようやく通院させてもらえてるのに、流石に東京ではそれは通じない。
まゆみ『…無理だよ。東京なんて行かせてもらえない」
須賀『…うん。でも、来る気になったらいつでもおいで。すぐに診察入れるから。一応病院メモしておくね」
まゆみ『…今日が最後なんだね…」
須賀『うん… ごめん…」
まゆみ『…元気で頑張ってね。」
須賀『…君も」
さよならといい、あたしは診察室を出た。

それからは、また心身ともに、ボロボロになっていった。

約半月後。
あたしは子供達に薬を飲ませ、見届けた後に自分でも薬を一気に飲んだ。

子供よ。ごめんなさい。
先生… さようなら…

           ーENDー





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