センチメンタル・ファンファーレ
△8手 アンインストール



ジメジメした梅雨が明ければ、ジリジリとした夏がやってくる。
毎日をエアコンの下でやり過ごすことばかり考えているうちにお盆が過ぎ、何も進展しないままに明依と速人の結婚式は近づいていた。

「わー、すごい……」

車にうとい私でも、迫力に押されるような高級車で縁くんは現れた。

昨日の雨から一転して晴れた日曜日。
木々の葉に残った雨露のきらめきを、ぶっ飛ばすような重厚な黒の車体に、強烈な太陽が反射する。
エターナル・ブラックパールというその塗料も、料金上乗せの要因だそうだ。

「二人乗り……?」

「乗って。狭いけど」

実家のファミリーカーのクリクリとしたおめめに慣れた私は、ドラゴンの流し目のようなライトにさえ気圧される。

「く、靴底、拭いた方がいい?」

「そんなのいいから早く乗って。道路狭いから邪魔になる」

思った以上に車高が低く、車内も狭くて縮こまるように助手席に収まった。

「荷物は置くところないから、膝の上かトランクになるけど、どうする?」

「膝の上でいいです」

滑らかに走り出す車の中で、私は妙な緊張感にため息をついた。

本番である結婚式を来週に控え、私と縁くんの“デート”は決行されることになった。

『どこ行きたい?』

と聞かれ、

『パーティーに履いていく靴買いたい』

と答えたので、ショッピングモールに行くことにした。
縁くんもスーツを新調したいからちょうどいいと言う。

「趣味全開って感じ」

流線型の車体や狭い内装に生活感はなく、走っていても、歩道や隣の車線から視線が飛んでくる。

「買ってまもないからそんなでもないよ。この前エアコンフィルター自作した程度」

「フィルター? 自作?」

「新車なんだけど、付いてるフィルターの目が粗いから、エアフィルターを自分で取り付けた。ようやく慣らしも終わって、これから少しずつ変えていくつもり」

「ナラシ?」

「新車だと動きが少し固いんだ。だから最初は3000rpm以下の一定速度、一定負荷で長距離走らせる。次に少し回転数上げて一定速度で走らせる。そうやってエンジンの固さを取っていくのも、楽しみのひとつなんだよ。だけど300kmごとにエンジンオイル交換。オイル交換二回につき一回エレメントも交換。1000kmごとにミッションオイルとデフオイルも交換したから、地味に費用がねえ」

「……将棋用語の方がまだわかる」

心底楽しそうに縁くんは笑った。

「さすが深瀬さんの妹さん。だいたいは両方嫌がるよ」
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