探偵さんの、宝物
一章【調査員・尾花結月が誕生するまで】

一節【再会】

「早まるな!」

 鉄のドアを拳で激しく叩く音と、切羽詰まった男性の声に思わず足を止めた。


 夏日が続くが、日が傾くと風が心地良い季節になった。
 私はバイト帰りで、ビルの隙間に浮かぶ白い月を見ながら歩いていた。
 時折、抱えた小ぶりな鉢を見る。ピンク色の桔梗(ききょう)の寄せ植え。店の商品だけど、この花が好きな母へのお土産に自分でも一つ買ってしまった。

 家の近くまで来たとき、通り沿いのアパートの二階からそれが聞こえた。見上げると、ドアの前に二つの人影が見えた。
「死ぬな! 惠美!」
「片瀬さん、落ち着いて……」
 ――これは、中で女性が自殺しようとしているということ? そしてそれを止めようとしている彼は、鍵が開かなくて困っている?


 思い至った瞬間、私は階段を駆け上がった。
 短い廊下にはドアを叩く茶髪の男性と、その後ろに背の高い黒髪の男性がいた。
 私は息を弾ませながら、二人に言い放つ。

「私、鍵を開けられます!」

 彼らは突然現れた私に驚いたようだった。
 ドアの前の彼が先に口を開き、泣きそうな顔で返事をする。
「お、お願いします!」

 私は強く頷き、ドアの前の位置を譲ってもらう。

 パーカーを羽織った黒髪の彼が私に聞く。
「あの、片瀬惠美さんのお知り合いですか?」
「いいえ違います。ちょっとこれ持っててもらっていいですか?」
「あ、はい……」
 両手を空けたいので桔梗の鉢を持ってもらい、ドアの前に膝をつく。

「この家に住む女性が自殺すると言っていて……。
 警察に連絡はしましたが、まだ到着していません」
 鉢を持った彼は後ろで状況を説明している。

 私は冷たいドアに手をあて、目を瞑る。
 深く集中し、玄関の内側を思い浮かべる。
 もう一人の男性が、泣きながら女性の名前を呼んでいる、その声がどんどん小さくなって聞こえなくなるほどに、深く。

 部屋の中にいる私が、玄関の鍵を開けるイメージ。
 ……ガチャリ。
 チェーンロックも外す。
 ……ガチャン。


「開きました」
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