探偵さんの、宝物

二節【紅葉の名刺の探偵】


「あ、そう言えば髪染めたよね、昨日言おうと思って忘れた」

 花が咲き乱れる、シックな雰囲気の店内。
 窓を拭いている私に店長が声を掛けた。

 超能力で鍵を開けた次の日、私はいつも通りフラワーショップに出勤した。
 今は店長と二人で店内の業務をしている。今日の勤務は早番で、まだ遅番の子は来ていない。

 店長は少し年上のお洒落な男性だ。特に眼鏡にこだわりがあるらしく曜日ごとに違うものを掛けている。時々画像を見せてきては「尾花(おばな)さん目が大きいから、絶対眼鏡似合うと思うんだよ! ほら、これなんか良いでしょ?」などと熱く語っている。


「よく分かりましたね。そんなに明るくならなかったんですけど」

 肩に触れて少し外に跳ねた毛先を指でつまむ。
 一昨日美容院でチェリーレッドの色を入れてもらったが、元が黒くてしっかりした髪のせいでそんなに明るくならない。もう少し経てば馴染むだろうか。今は光に透けると見えるくらいだけど、気に入っている。

「一ヶ月もすれば退色して明るくなるかもね。
 あ、そうだ。昨日の桔梗、お母さん喜んでくれた? 尾花さんって本当にお母さんと仲いいよねー」

 それを言われてどきりとする。

 私は母と二人で住んでいる。父は数年前に病気で亡くなった。
 私の力のことを知っているのは母だけだ。初めて発現したのは幼稚園の時だけど、この力を恐れることはなく『便利な特技だ』と言ってのけた。今では高い所の掃除をさせたり、電灯を替えさせたりしてくる。超能力も母に掛かればハイテク家電と一緒だ。……こっちは力を使うとそれなりに疲れるのに。

 母は「あんたも今年で二十八歳になるし、そろそろ結婚しなさいよ」としつこく言う。
 でも、私に結婚なんて出来るのだろうか。
 以前一人だけ付き合ったことがあり、結婚の話も上がった。しかし力のことを黙っているのが辛く、正直に言うこともできずに別れることになった。
 そんなに器用じゃないんだ、私は。

 ……大体、この歳でバイトだし、心配されるのも当然だろう。専門学校のフラワーアレンジメント科を出てから就職先が見つからず、ここに勤めて八年目。
 母に対しては、多少罪悪感がある。一人っ子だし、仕事でも結婚でもどっちでもいいから安心させてあげられればいいんだけど。

 昨日用意した鉢植えを思い浮かべる。
 日頃の感謝と謝罪の品は、知らないイケメンに渡したまま置いてきてしまった。今はどこにあるのやら……。

 そんなことをつらつらと考えたあと、どうにか返事をする。

「あー……。はい、喜んでました」
「え、何その()?」
「なんでもありませんよ」

 店長はアキイロアジサイを使ったアレンジメントを作る手を止め、首を傾げた。嘘をついたのは申し訳ないけど、まさか本当の話をするわけにもいかない。

 と、都合の良いタイミングでドアのベルがカラカラと鳴る。私はすぐさま八年間鍛え上げた笑顔を向けた。

「いらっしゃいませ」
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