探偵さんの、宝物

三節【楓堂昴の事情】

 風呂上り、僕はキッチンでミネラルウォーターの蓋を開けた。

 この自宅兼事務所は、中学の時に亡くなった祖父の家をリフォームして使わせてもらっている。
 古い洋風の家で、応接室や書斎もある。広すぎて二階にある三部屋は使っていないし掃除もしていない。

 口を付けながら、調理台の向こうにあるリビングに歩く。掃き出し窓には部屋が映り込んでいて、傍まで行くと明るい月が見えた。

 月を見ると、昔から決まって思い出す人がいる。

尾花(おばな)結月(ゆづき)さん、か」

 一昨日再会した彼女は、困っている僕の依頼人を助けた。

 片瀬さん夫婦は妊娠中に喧嘩し、奥さんが家出をした。そして旦那さんが僕に家出人捜索の依頼をした。
 聞き込みから彼女を発見し、尾行して住居を特定した。そして旦那さんに報告――調査はリアルタイムで報告するのが普通だ――すると、彼は現場に駆けつけた。そしたら奥さんは自殺すると言い出したのだ。
 そこに、尾花さんが稲妻の如く現れた。

 ――子供の頃と同じように、鮮烈に格好良く。
 あの時よりずっと、綺麗になって。


 テーブルの上に置いたスマホが振動する。
 僕は即座に水を置き、逸る気持ちを抑えて通知を確認した。

『楓堂さんこんばんは、今日花屋で会った者です』

 尾花さんが、連絡をくれた!
 彼女は僕の事を覚えてないみたいだし、怪しまれて無視される可能性が高いと思っていたのに。

『尾花さん、連絡ありがとうございます』
 そう送ると、彼女の返事が二十秒ほどしてから来た。
『あれ、私名乗りましたっけ?』
 まずい、浮かれてやってしまった。
 初対面のはずなのに職場も名前も知ってるなんて怖すぎるじゃないか。
『あ、名前が表示されてますもんね』
 確かにこのアプリにはユーザーネームが表示されている。自分で納得してくれて良かったと胸を撫でおろす。


 僕が何故尾花さんの職場も名前も顔も知っているのか。

 ……それは十七年前、彼女が子供の頃に僕を助けてくれたから。
 そして三年前、僕が彼女の所在を調べたからだ。
< 7 / 65 >

この作品をシェア

pagetop