お化け猫
あるところに真っ黒なオスの野良猫がいました。
クロ、クロちゃん、クぅちゃん、クロくん、
なぞ、様々な名前で呼ばれていた彼は、
いつも愛想を振りまいては人間から餌をもらったり、
なついてみては撫でてもらったり、
また、メス猫の前では格好をつけてよくプレゼントをあげたり、
歌を歌ったりしていました。

「おぉ、クロ、おいでおいでぇ」
「ゴロゴロゴロ(よおよおきてやったぜぇ、甘えさせておくれぇ)」

「ねぇ、クロちゃん、これもらっていいの?おなか空いてないの?」
「シシシシ!でぇじょぶでぇじょぶ!貰って貰ってぇ!」

でも、クロは独りぼっちでした。
誰も知らない、がらんとしたただっぴろい場所を寝床にして、
いつも独りでそこへ帰っては小さく丸まって泣いていました。

「シシシ! …シシシ… 淋しいにゃ…」

クロは泣きながら、いろいろなことを思い出していました。
元々彼は家猫として生まれて、
自由奔放な気性から家を飛び出してしまったのです。
悠々自適、自由気まま、多くの人間たちに飼われては出てゆき、
飼われては捨てられ、気が付いたら独りぼっちでした。
でもクロは、絶対に誰にもその話をしませんでした。

「おいらは好かれて好かれて仕方ねぇからさ!
 もうめんどくせぇったらありゃしねぇんだ!」

そう強がってばかりいたので、
まわりのメス猫たちもそういうものだと思い込んでいました。

どうしてクロは素直になれないのでしょうか。
それは、クロはもう誰にも捨てられたくなかったからなのです。
ただただ、クロは傷つきたくなかっただけなのです。

「ゴメンねクゥちゃん、私は飼うつもりはないんだ…」
「にゃあにゃあ!(でぇじょぶでぇじょぶ!)」

「クロ、お母さんが飼っちゃダメだって。ゴメンね。」
「にゃあにゃあ(気にすんな、お前は悪くねぇって)」

「また悪さして!もう出てきなさい!」
「にゃあにゃあ!(うっせー!わーったよ!)」

「なんで?なんで出てっちゃうの?いつまでもそばにいてよ…」
「…にゃあにゃあ(おいらは野良だからにゃあ)」

「ちくしょう、ちくしょう…どいつもこいつも…」

酷く傷つけてしまったり、悪さをしたり、
酷く傷つけられたり、勘違いしたり、
今まで起きたことを思い出してはただただ淋しくて、
クロは独りで泣いていました。
そんなある日です。

クロはぼぉっと一軒の家を淋しそうな瞳で眺めていると

「ねぇ、あんた」
「ん?おいら?」
「そうそう、黒い、あんた」

一匹の三毛猫が話しかけてきました。

「なんだ?面白い話でも聞かせてやろうか?
 それとも、なんか美味い飯でも持ってきてやろうか?シシシシ!」
「ううん、いらない」
「ん?んじゃあなんだよ。おいらはこれから向町のハナちゃんに会いに行くんだ。
 それから隣町のなっちゃんに会って、最後にはここに戻ってきて
 いつもの人間の子供に撫でてもらっておうちにご招待されるんだ!
 あぁ!忙しくって忙しくって!」
「ううん、嘘。それ、全部、嘘でしょ。」
「ああ?んなわけねぇだろ!
 なんでそんな嘘をどこの誰とも知らねぇお前ぇさんに言うんでい!」
「…淋しいから」
「…」
「淋しいから嘘をつくのよ。
 それで、本当はそうだったらいいなって、
 嘘でもついて、夢見てないと、淋しくって仕方ないんだよ。」
「う、うるせぇうるせぇ!おめぇなんなんだよ!おめぇに何がわかるんだよ!」
「私も同じだから。…わかるんだ。」
「…」
「ねぇ、あたしは三毛だからそのままミケとか、ミィって呼ばれてる。
 あんたは黒いからクロ?」
「…お、おい。」
「ねぇ、クロ…」
「おい!うるせぇ!みけだかぺけだか知らねぇが何なんだよいったいぜんたい!
 いきなりぴぃちくぱぁちくベラベラと…」
「ねぇクロ、あたしと一緒にいて。淋しいんだ。」
「…」
「さっきあんた、あの家見てただろ? 
 あたしもたまにそうするんだ。
 あたしも、いっぱい捨てられてきたから、色々思い出すんだ。」
「…お前が」
「ん?だめ?」
「…お前が、どうしてもって言うんだったら、居てやっても、いいよ」
「そう、ありがとう、クロ。」
「あ…ああ。」
「あたし、ミケ、宜しくね。」
「…クロだ。よ、よろしく。」

同じ様な経験をしてきたミケは、
同じような瞳をしているクロに魅かれて声をかけて、
しばらく二匹は一緒にいることになりました。

「あたしね、元々家猫として生まれたんだ。
 それでね、飼い主の人が引っ越したんだけど、
 その時に追い出されちゃったんだ。
 猫、飼えないおうちだったみたいで。」
「しでぇ話だなぁおい!勝手すぎるだろ」
「ううん、あたしは平気。それから点々としているけど、
 それがきっかけで野良になれて良かったと思うこともあるし」
「へぇえ、ミケは面白ぇな。」
「そうかな?」
「シシシシ!」

しばらくして、クロはミケに会うことをやめて、
いつものただっぴろい誰もいない空き地で寝ていました。

「みつけた」
「わぁ!びっくりした!」
「いきなりいなくなるんだもん。ひどいじゃん」
「…うっせぇ、あっちいけ」

ミケは必死に走り回って、ようやっとクロを見つけたというのに
クロの態度は冷たく酷い物でした。

「…あたしのこと、嫌い?」
「…うっせぇ」
「…」
「どうせ…」
「ん?なに?」
「どうせお前もいなくなっちまうんだろ。」
「…」
「…だったら、初めからいないほうがいい。」
「なんで?なんでそう思うの?」
「…初めからいなければ、失う淋しさや、辛さを感じずに済むから…」
「ねぇ、クロ」
「…」
「あたしはずっと傍にいるよ。あんたがどんなに酷いことしたって。
 ううん、あんたは今まで色んなことしてきて後悔しているんだもの。
 だから絶対にあたしを傷つけたりしないこと解る。
 あたしはずっとクロの傍にいる。だから大丈夫だよ。」
「え?…ほんと?」
「うん、ほんと」
「ほんとにほんと?」
「うん、ほんとにほんと」
「ほんとに、ほんとに、ほんとに…」
「もう、しつこいなぁ。大丈夫、うん、クロ、大丈夫だよ。」
「う、うぅうう…」

クロはポロポロと泣き出しました。
それを見たミケは、そっとクロに近づき、優しく寄り添いました。

「なぁミケ。」
「なぁに?」
「なんでおいらにそこまで優しくしてくれるんだ?」
「…なんでだろ?」
「え?」
「理由なんて必要なのかな。」
「あ、まあ、そうかもしれなけど…」
「いいじゃん。とにかく、あたしはクロの傍にいたいんだ。」
「ふぅん…ありがと。」

そんな幸せなある日、
クロがいつもの空き地へ餌を持って帰ってくると、
ミケの姿がありませんでした。

「珍しいな。まあ、あいつもなんだかんだ可愛いし、
 そこらへんのおばちゃんに可愛がられているのかな?」

クロはそう呟くと、餌を置き、ミケの帰りを待つことにしました。
しかし、待てど暮らせどミケは帰ってきません。
とうとう不安に感じたクロは大走りで町中を駆けずり回りました。

「ミケーーー! ミケーーー!」

走って、走って、走って、そしてついに、クロはミケを見つけました。

「…ミケ、ミケお前!何こんなとこで寝てんだよ!」

道端で寝ているミケを見つけ、クロはほっとしながら近づきました。

「ふぅ、疲れた…。怒ってねぇし、とにかくけぇるぞ、ミケ。
 おい、ミケ!起きろよ!
 …あれ?ミケ?あれ、あれ?」

ミケはとても冷たくて、硬くて、決して動きはしませんでした。 

「…あれ、あれあれ?ミケ?」

クロは何も理解できませんでした。
ミケはきっと車に轢かれてしまって、
心優しい誰かが道端まで動かしてくれたのでしょう。

「…嘘つき。…嘘つき。…ずっと、傍に、いてくれるんじゃ…なかったのかよ…」

クロはとぼとぼと歩いて、寝どこまで帰りました。
不思議なことに、クロは泣きませんでした。
ショックのあまり、クロは何も感じなくなってしまったのです。

クロが寝床でぼぉっとしていると

「ねぇ、クロ、クロ」
「え?ミケ!ミケ!」

なんとミケの声が聞こえてきました。

「ああ、ちくしょう、ちくしょう!あいつはもういないんだ!」

クロはミケの声がするわけないと思いましたが

「ねぇ、クロ!ここ!ほら、ここ!」
「え?ええ?」

クロの目の前にはうっすらと透けたミケがいました。

「う、嘘だろ…」
「ゴメンね、クロ。あたし、死んじゃったみたい。」
「…」
「クロが好きなね、ほら、あそこの居酒屋さんのお魚をもらおうと思ってね、
 喜んでくれると思ってね、それで貰いに行った帰りに轢かれちゃったみたい。
 ゴメンね、お魚、食べさせてあげたかったのに…」
「…おまえ」
「でもね!ほら、ちゃんと帰ってきたよ!クロ、大丈夫…」
「おまえ!」
「う、怒鳴らないでよ…。お魚のことあやまってるじゃん…」
「…お前、死んだんだぞ…」
「うん」
「死んじゃったんだぞ!」
「うん」
「…死んじゃったん、だぞ…」
「うん、でも、約束は守っているよ。あんたの傍にずっといるって。
 ね?約束守ったでしょ?」
「…う、うわあああああああん!!!」
「え?クロ?」

クロは大泣きしました。
長い間飼ってくれた飼い主に捨てられた時も、
綺麗なおねぇさんに捨てられた時も、可愛い女の子に捨てられた時も、
どんな時も大泣きしなかったクロが、おいおいと大泣きしました。

「ねぇクロ、いつまで泣いてるの?大丈夫?」
「う、うぅ、お前、化け猫になってまで約束守るかよ、普通…」
「あははは!そう言われてみればそうね。
 野良猫から化け猫になっちゃったね、あたし。」
「…笑えるかよ…」
「ううん、笑って、クロ。
 あんたにはずっと笑っていて貰いたい。
 そして、あんたが死んでも、あたしみたいになって、
 ずっとあたしの傍にいて貰いたい。」
「どうして?どうしてそんなにおいらのことを想ってくれるんだ?
 理由なんてないって言ってたけど、本当はなんかあるんじゃないか?」
「…あたしね、毎日毎日ずっと独りで泣いてたんだ。」
「え?」
「自分は平気だって自分に嘘ついて、媚び売って。
 恥ずかしいことも沢山してきた。
 あたしは野良でいて良かったことなんて何もなかった。」
「…」
「そんなある日ね、クロ、あんたを見つけたの。」
「…」
「メスや人間に媚び売って、独りぼっちでとぼとぼ帰ってくあんたをね。」
「…」
「それからしばらく、遠くからあんたをずっと見てきた」
「…すとーかーっていうんだろ?それ…」
「そうかもね。でね、解ったんだ。」
「なにが?」
「あんたはあたしだって。」
「ん?」
「あんたと、あたしは同じだって。あたしは自分が大嫌いだった。
 でもね、自分自身とそっくりなあんたを想えば想うほど、
 面白いくらいに自分のことが好きになっていったの。」
「…えぇっと、なんか、難しいにゃ…」
「うん、あたしも上手くは伝えられないんだけど。
 とにかく、クロに、心の底から好きな猫に尽くすことが、
 あたし自身を好きになることなんだなって。幸せなんだなって。思ったの。」
「おいらは…おいらは、
 とにかく毎日お前が居なくなるんじゃないかと不安だった。
 おいらは淋しがり屋で甘えん坊で、そのくせして気まぐれだから。
 あ、あと、気が付いたらお前を傷つけているんじゃないかなって、
 それも不安だった。とにかく、おまえに嫌われたくなくって、
 おまえにずっと傍にいてほしかった。」
「あはは。化け猫にプロポーズしてるの?」
「うん…」
「え?」
「うん、ミケ、そうだよ。」
「クロ?」
「ミケ、今までありがとう。死すらもおいらたちを分かつことは出来ねぇさ。
 そして、これからも傍にいてくれ、宜しくな」
「えへへ。クロに初めて言われたかも。」
「…ミケ、遅くなってゴメンな。」
「ううん、いいの。クロ、あたしのほうこそ、これからも宜しくね。」

それからというもの、町では独りごとばかり言う変な野良猫として
クロは白い目で見られるのでした。

「…ねぇクロ、みんなあたしのこと見えていないし、
 あんまし話さないほうがいいのかな?」
「何言ってんだミケ!周りにどういう風に思われたって見られたっていい。
 お前さえ傍にいてくれればおいらはそれでいい!シシシシ!」
「フフフ、カッコいいこと言うじゃん。それと…」
「ん?なんだ?」
「あんたのその笑い方変よね。」
「いまさらかよ!」

こうして二匹は、いつまでも寄り添いあい、幸せに暮らしたそうです。
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