いきなり図書館王子の彼女になりました
いきなり!キスを、あの場所で
「司の父親と、私は初めての結婚をしたわ」

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 司はその時5歳。

 司の父親・白井浩輔は、司を産んですぐに病気で亡くなった前の奥様を、決して忘れた事は無かった。

 それでも私の事をとても大切にしてくれてね、…すごく幸せな結婚だったのよ。

「はじめまして、司君」

「はじめまして」

 広々とした晴天の公園の中で、はじめて会った司。

 今と変わらない、きちんとした受け答え。素直で屈託の無い笑顔。人の心を読めるのかと時々思うほどの、聡明さ。

 なんて可愛らしい男の子が、この世にいるのかしらと思ったわ。

「私の事は彩月と呼んでね」

 彼の本当のお母さんは、世界にたった1人だけだから。私の事は名前で呼ぶ様にしてもらったの。

「………彩月?」

 神様が間違えてこの世に落とした宝物のような男の子に、本当の母親では無い私がどう接していいのかまでは、あまり深く考えていなかった。

「そう!彩月」

 私は自分なりに夫を愛し、司を愛した。家族一緒に過ごす幸せな生活が、本当に大好きだった。

 …………だけど、長くは続かなかった。

 夫の白井浩輔が交通事故で、結婚してから1年も経たない内に、亡くなってしまったの。

 私はその時、『霽月の輝く庭』の10巻を丁度書き終えて『芥木賞』をいただいたばかり。夫が生きている間はアイデアがたくさん沸き上がり、まだまだ続きを書けそうだった。

 でも、こんなに悲しい出来事があるともう、何も手につかなくなってしまった。

「彩月、大丈夫?」

 6歳になったばかりの司が心配そうに、私に声をかけてくれた。

「おとうさんは?」

 一度だけ。
 たった一度、司は私に、
 父親の事を聞いてきた。

 亡くなってから2週間後。
 親を亡くしていた白井浩輔にも私にも、他の親族さえ一人もいなかった。

 それまで、気が張っていて、
 涙など一滴も出なかったのに。

 私、司の前で号泣したわ。
 父の死が良く解っていない、あの子の前で。

 そして思った。
 私には司がいる。

 いつも私の側には、この天使の様な男の子がいるんだって。

 たった一つの生き甲斐となった司のために、母親として立派にやっていこうと私は固く決心した。

 だけど、小説のアイデアは…やっぱり浮かばなくて。

 可愛い司の顔を見ていたら、今まで書いた『霽月の輝く庭』を、小さな子供向けの本にしたらどうかと思ったの。

 出版社にそれを提案し、しばらく連載をお休みした私はある日、司に出来たばかりの子供向けの『霽月の輝く庭』を読ませてみた。

 毎日夢中で読書をしていた司はある日、こんな事を言い出した。

「コダマっていう男の子がいて、うそを言っちゃいけないの。うそを言っちゃうと、怖いマジュウに食べられちゃうんだよ?」

 あの子は突然、物語を語り始めたの。

 『コダマ』とはおそらく、今まで何度か読み聞かせをしていた『やまびこっ子』という絵本に出て来る少年の事だろうと思った。

 『マジュウ』とは、彼が見ていたヒーロー物のテレビに出て来る怪獣だったのかも知れない、と思ったわ。

 あの子が聞かせてくれた物語はとても新しくて楽しくて、聞いているうちにこっちがワクワクしてしまった。奇想天外で斬新な発想ながら内容は結構しっかりしていたし、ちゃんとオチもついていて面白かったの。

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「沙織さん、これ、どういう事かわかる?」

「………『霽月の輝く庭』の言魄《コダマ》ですよね。11巻から登場する」

「そう。言魄《コダマ》はあの子が、考えたの」

「………!」

「それだけじゃないわ。『霽月の輝く庭』11巻以降に出て来る主要人物や大部分の話の内容は、あの子が考えたの。…私と一緒に」

「…………ええっ?!」

「私は悪役を登場させて、主要人物達を苦しめただけ。あの子は登場人物が死んでしまうのが嫌いだったし、男の子なのに戦いのシーンも苦手だった」


 …………?!!


「だけど物語はダイナミックに展開させなければならなかったから、私はあの子の物語に色々なスパイスを後から付け加えた」



 …………!!!



「『霽月の輝く庭』の、11巻以降の本当の作者はあの子なの」









 ……………ショックのあまり、
 言葉が出なくなってしまった!!!








「『神原彩月』だった私が、『神原彩架月』というペンネームを変更したのはね」

 先生は、自分の携帯電話のメモ画面に、「かんばらさかつき」と平仮名で書いた。

「これ、逆さに読んでみて」

「…きつかさらばんか」

「『つかさ』が入っているでしょう?」

「………はい」

「どうしても、あの子の名前を入れたかった」



 …………『つかさ』…………。



「11巻以降の『霽月の輝く庭』の本当の作者は司。私はただの編集兼、まとめ役。彼の存在を、何度も世間に公表しようとしたけれど」

 先生は眉間に皺を寄せた。

「毎回毎回、本人から『絶対に誰にも言わないで』って言われたわ。言ったらもう、二度と話を考えないから!って」

 先生は少し紅茶を口に含んで、話を続けた。

「作者は彩月だからって。まだ私、あの子と合作だったと公表する事を、今でも諦めていないけどね」

「………いいんですか?そんな重大な事を、私に話してしまって」

「あなたになら。…でも、司のために内緒にしてくれる?ドアの外で高野さんがもし聞いていたら、彼にもそう伝えてね」

「………はい」

「『霽月の輝く庭』の物語の内容を考える時の司の目はいつもキラキラと踊っていて、一番楽しそうだった」

 先生は、頭痛がするかの様に額に両手を当てて、下を向いてしまった。

「あの子には私だけ。私にはあの子だけしかいなかった」

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