いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました
初恋のわすれもの



テーブルの上で振動音がした。

真衣香はお風呂上がり、まだ十分に拭けていない水滴が落ちる髪をそのままに、音の方へ急いだ。

残業になると言っていた坪井が『仕事が終わったら連絡する』と。
昼休み明け、2階に立ち寄った時に伝えていてくれたからだ。

「も、もしもし!」
『……はは、そんな慌てて出なくていいよ』

電話が切れてしまったら、困るとばかりに飛びついた姿が見えていたのだろうか。
坪井はククッと小さく笑い声を上げた。

(だって……まだ、掛け直すのって勇気いるんだよね)

電話をもらえるのは嬉しいけれど、自分からは勇気がいる。男の人とプライベートで電話をするなんてほとんど経験がなかったからだ。
そのうえ彼氏だなんて……まだ実感も湧かないままの、そんな日々。

『あのさ……』

甘い緊張感に心と身体が支配されているなか、真衣香の耳に聴こえてきた声。
どうしたのだろうか。
どことなく、元気がない。

「坪井くん、何かあった? 体調悪い?」

夜の9時過ぎ。真衣香ならば、滅多にそんな時間まで会社には残らない。
けれど営業部は日常茶飯事で。
ならば、よっぽど仕事で……もしかしたらそれ以外でも。
大変なことがあったのかな。と、何の根拠もないのに突然心臓がドクドクと激しく主張を始めた。

電話の向こうの坪井は『いや……』と、珍しく歯切れが悪く、次の言葉が続かない。
そして、数秒遅れて聞こえてきた言葉に思わず目を見開くほど、驚かされた。

『ごめん、今から会いに行ってもいい?』
「……え? え、今から?」
『今から』

それだけは、やけにハッキリと答えた。
かなり急ぎの用事なのだろうか?

「だ、大丈夫? 明日も普通に仕事だけど……その、坪井くん疲れてるんじゃ」
『うん、俺は平気。お前の家、行っていい? 会って話したい、どうしても』
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