「……これが、当たり前、何だよね……」

 一人中庭でクッキーを次々口に放り込み、頬張りながら私は一人そうつぶやいていた。

 あの日から一週間が経った。そして、あの日以来私とナイジェル様は疎遠になってしまった。クラスメイトという淡白な関係に戻ったのだ。いいy、挨拶をする関係ではあるので、前より少しは親しくなったのかもしれないけれど。まぁ、私とナイジェル様はこの一週間、挨拶以外の会話を交わしていない。いつもナイジェル様と会話をしながら頬張ったクッキーも、一人で食べているので量が多く感じてしまっているぐらいだ。

 ナイジェル様と過ごした時間は、とても楽しくて。だから、あの時間が戻ってこないかな……なんて、思ってしまう。でも、それはダメなのだ。ナイジェル様にはアイリス様というお似合いの方がいらっしゃって……私には、一応ネイト様がいる。だから……会っては、いけないのだ。

 一枚、また一枚と減っていくクッキーを眺めながら、またどうしようもない気持ちに陥る。いつも一緒に食べていた人がいないだけで、クッキーが減るスピードは明らかに遅いし、何よりも会話がないということが寂しい。ナイジェル様と出逢う前は、これが普通だったはずなのに。慣れって、怖い。

「……呑気な女だな。アミーリアは」

 そんな時、私のすぐそばに一人の男性がやって来た。そして、そんな言葉を投げかけてくる。一瞬、ナイジェル様かと思ったけれど、ナイジェル様は決して私のことを呼び捨てにはしない。いつも「アミーリア嬢」と呼んでくださっていた。それに……私のことを、呼び捨てにする男はただ一人……私の一応の婚約者、ネイト様だけ。

 顔を上げれば、そこには相変わらず比較的地味な顔立ちのネイト様がいらっしゃった。黒色の猫目と真っ黒な短い髪は、何も変わっていない。ナイジェル様と比べると、全然地味。ナイジェル様の方が完全に美形。……私の目も、肥えたものだ。

「……失礼ですが、私のことを呑気というのならば、自分の行いを考えてみたらどうでしょうか? 貴方の行動はニコルズ伯爵家の品格を揺るがす行動です。オルコック子爵家に婚約打診をしてきたのは、そちらでしょう?」
「……相変わらず可愛くない女だ。シェリアとは大違いだな」

 そんなことをおっしゃり、ため息をつかれるネイト様。都合が悪くなるとお話を逸らすのは、相変わらずだ。私は……こんな男に好かれようとしていたのか。そう思うと、なんだかばかばかしい。こんな男……こちらから、捨ててやりたい。

「浮気者には言われたくありませんわ。それに、いきなり話しかけてきたのはそちらでしょう? 私は忙しいので、ご用があるのならば手短にお願いしますね」

 最後の一枚のクッキーを口に入れ、数回咀嚼してからそう言った。すると、ネイト様の表情が怒りに満ちたように見えた。……こんなことをする女は、こっちから願い下げだ、とでも言いたいのかしら。でも、初めに裏切ったのはそちら。私を責めるわけにはいかないでしょう?

「……本当に可愛げのない女だ。シェリアと結婚したら第二夫人ぐらいにはしてやろうかと思っていたが……」
「はっきりと申し上げますが、この国で重婚が認められているのは王族だけですわ。ですから……貴方が金銭的援助のために私と、真実の愛のためにシェリア様と、と結婚するのは無理ですわ」

 ソーク王国では王族のみが重婚を許されている。だけど、重婚する王族は少ない。国王陛下ぐらいなのだ、重婚するのは。子供が多くないと、後が大変だから、という理由らしいんだけれど。

「……構わない。シェリアを寵愛するのには変わりないからな。あぁ、そうだ。要件だが……今日の放課後、この中庭に来てもらおうか。とっておきのショーを見せてやる」
「……ショー、でございますか?」
「あぁ、とっておきの断罪ショーだ。誰が断罪されるのかは……考えてみれば、すぐにわかるだろうな」

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべられ、ネイト様は機嫌よく「じゃあな」とだけおっしゃって去って行かれた。残された私、いろいろと考えてしまう。断罪ショー、ですか。……普通に考えれば、断罪されるのはネイト様だと思いますが……。ですが、わざわざ自分が断罪される姿を私に見ろ、なんていうわけがない。じゃあ……いったい、断罪されるのは誰?

「……追いかけてみようかな」

 一度気になると、気になって仕方がない。だからこそ、私はこっそりとネイト様の後についていった。堂々と歩くそのお姿は、とてもではないが浮気をしている人間には見えない。そして……こうやってこそこそと移動している私の方が、浮気をしているみたいに見えてしまうじゃないか。そんなことを、思った。