部署から仲良さそうに出て行くふたりを目の当たりにして、扉が閉まると同時にその場に崩れ落ちるように跪く。

「俺のバカ〜〜〜! なんであんなことを言ってしまったんだぁ!」

 苛立つ感情にまかせて床を殴っても、過去は変えられない。頭を掻きむしっても、髪の毛が傷んで無駄に抜け落ちるだけ。細い毛質ゆえに、下手すれば薄毛が進行するかもしれないのに、掻き毟らずにはいられない。

(せっかく愛衣さんをここに異動させることに成功して、話す機会ができたというのに、山田のヤツが邪魔をするとか想定外だぞ)

『わんにゃん共和国っていう、育成ゲームをやってたんだけど――』

 その言葉が耳に入ってきたのは、かなり前のこと。社食で昼飯を食っているときに、隣にいた愛衣さんが楽しそうに同僚女性に話していた内容だった。

 弟の子ども――姪っ子に頼まれてプレイをはじめたのがきっかけで、ここまでどハマりするとは思わなかったゲーム。マイナーすぎて誰もプレイしていなくて、寂しく思ってるときに耳に入ってきたせいで、ドキドキが加速してしまった。

 同じ推しを見つけたかのような感覚に、愛衣さんのことを調べずにはいられなくなって、気づいたら好きになっていた。

 経営戦略部は表向きはゴミ箱と称されているが、実はなにかに特化した職員を寄せ集めした部署だった。

 松本は各部署の偵察、猿渡は外部の情報を夜遅くまで集めるために重役出勤をしてもらったり、原尾はその場の空気を180度変えて(というか白けさせる)ゆえに話を煙に巻くことができる才が飛び抜けており、高藤は女を口説くテクニックが抜群で、そこから社内の情報操作をしている。ミスしそうな細かい数字の仕事において定評のある山田の正確さは、ここでは欠かせない武器になっていた。

 なので、なんの取り柄もない愛衣さんを異動させることに、ここにいるヤツらが不審に思うかもしれなかったが、どうしても手元に置きたかった。

 みーたんをダシに使って仲良くなって、あわよくば恋人になんて。

「夢のまた夢じゃないか~、手も握れないチキンがっ!」

 本当は腕じゃなくて、手を握りたかった。手を握るぞって意気込み、勇んで手を伸ばしたのに掴んだ先は右腕で、気合いがそのまま力になって加算され、強く握りしめてしまった。

 しかもキスできる瞬間だってあった。監視カメラで撮影される場所だとわかっていても、せずにはいられなかったのに、手と同じで目標物から離れた額にキスするとか。

「愛衣さんの身長、どんだけ低いんだ。小さすぎてかわいいかよ!」

 ひとしきり喚き、気が晴れるまで床を殴って立ち上がる。

(明日からまた仕切り直しだ。ほかのヤツらに変に思われないように、愛衣さんとうまく接触しつつ、山田がちゃちゃ入れないようにしなければ!)

 薄汚れた膝頭を払い、自分のデスクに戻って、今後の対策をパソコンで打ち込む。これまでやらかした言動や、真剣に取り組むその姿を誰かに見られているなんて、まったく気がつかなかった。