私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
 嬉々として私の首筋に唇を押しつける須藤課長の頭を、躊躇なく思いっきり殴ってしまった。なにかが詰まったものを叩く音が、車内に響く。

「痛っ!」

「なに、次に進もうとしてるんですか?」

「だって、もっと愛衣さんを感じさせたくて」

「感じさせなくていいです! 勝手に進めないでください」

「愛衣さんの感じてる声が、もっと聞きたい」

 痛そうに顔を歪ませる須藤課長は、ありえないことをねだった。

「聞かせませんよ。付き合ってないのに」

「告白の返事は?」

 気がついたら、うまいこと告白の返事に誘導されてしまった。私を逃がさないという感じで抱きしめる、須藤課長の両腕に力が入る。

「すみませんが、すぐにはお答えできません。少し考えさせてください」

「そうか。こんな俺でも、考える余地はあるんだ。てっきり断られるかと思ったのに」

 答えられないと言ったというのに、須藤課長は喜んだのか、私の頭で頬擦りする。そのことにかなり呆れながら返事をした。

「思いのほか楽しかったんですよね、今日……」

「上司の俺を君付けで呼んだり、メリーゴーランドの白馬に跨ってるところや、高所恐怖症で情けなく震える姿が楽しかったんだろ?」

「否定しません」

「少しは否定しろよ……」

「なんていうか今みたいな端的なやり取りが、面白かったのもあります」

「俺は愛衣さんとこうして喋れるだけて、すごく楽しかったけどな。クソっ、名残惜しいが帰すとするか」

 須藤課長は私の肩を掴み、勢いよく助手席に戻して、胸の前で両腕を組む。

「俺の手が出ないうちに、さっさと車から降りろ」

「はーい、それじゃあまた明日。今日はありがとうございました」

「こちらこそどーも。また行こうな」

 私を見ずに返事をするのは、これ以上引き留めないようにするために、あえてやっているのかもしれない。

「そうですね。今度は観覧車にたくさん乗りたいです」

「愛衣さんっ!」

「さよなら!」

 逃げるように車から飛び出て、ドアを閉めた。運転席の須藤課長は私の顔を見て、文句を言ってるようだったけど、一旦口を引き結んでから告げた短いひとことは、なにを言ったのかすぐにわかってしまって、反抗する言葉を口にしてしまう。

「もう、好きって何度も言い過ぎ!」

 真っ赤になった私をそのままに、車がゆっくり走り去って行く。

 もう少しだけ一緒にいたいと思ったことは、絶対にナイショにしなきゃ、きっといつまで経っても帰れなかっただろうな。
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