猿渡くんの背中を押して歩く、線の細い雛川さんの手の甲を、じっと見つめてしまった。俺が躊躇なく叩いてしまったせいで、くっきりと赤くなっている。

(自分の体の事情のせいで、彼女を傷つけてしまった――)

 処置室に入ってきた雛川さんが話しかけながら、俺の左手に触れた瞬間、下半身が過剰に反応してしまい、慌てて布団の中に左手を隠したことも、間違いなく彼女をキズつけてしまっただろう。

 たった一瞬だけの触れ合いだけで、こんなふうになってしまったことに、焦りや恥ずかしさで複雑な感情に陥ってしまって、彼女を直視することもできなくなった。

 自分に対しての自信のなさや出逢うタイミング、仕事の忙しさにかまけて、今まで女性と付き合ったことがない弊害が、変なところで出てしまう。同じ部署で働く以上、セクハラと思しき行為は絶対にしてはいけない。雛川さんの上司として、きちんと接することをしなければ。

 病院のベッドでそう思ったのに、彼女と目を合わせると、なぜか胸が締めつけられるように痛んだ。俺を見る雛川さんのまなざしから、謝罪を匂わせるものが漂うせいで、俺としても困惑するしかなかった。

 元はと言えば、俺の詰めの甘さが原因――一歩間違えたら、雛川さんが命を落とすところだったというのに。

 雛川さんに背を向けられたあと、俺の両親と猿渡くんの判断で、改めて診察を受けた。その結果、急激なストレスによる一過性の健忘症と診断された。

 額のキズと体のあちこちの打撲痕のほかには、異常がなかったので、さっさと自宅療養にしてもらった。

「なにかあったときを想定して、マンスリーとウィークリーの予定をあらかじめメモしておいたのが、こんなときに役立つとは思わなかった」

 頭の中に残ってる記憶とメモを照らし合わせてみたものの、それは寸分たがわないものだった。それなのに――。

「スマホに残ってるメモ、『愛衣さん土曜深夜ドラマ』の意味がさっぱりわからない……」

 雛川さんについての記憶、そして自分の好きなコのことが不鮮明なのは、どうしてなんだろうか。

「目の前は問題が山積みだっていうのに、どうすればいいんだろ……」

 松本くんのパソコンからデータを抜かれたことや、今回の突き落としの件を含めて、対抗勢力にぶつからなければならない。むしろ向こうから手を出してくれたことで、攻撃する機会を得ることができたというのに、そのチャンスをうまく生かせるか不安で、行動することができないなんて。

「弱気になってる場合じゃないのにな……」

 これ以上、雛川さんを傷つけたくないと思った。だから俺は――。