私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
***

(記憶が頭の中に降ってきた……)

 副社長室に向かいながら、ケガをしていない額に手をやり、小さなため息を吐いた。

『須藤課長のその顔、雛川さんとうまいこといったんですね』

 山田が俺に話しかけた瞬時に、なんとも表現し難い嬉しさや恥ずかしさが体を包み込んだ。いつもなら速攻否定して、その場の感情をなきものにしていた自分が、このときはやけに素直に感情を示したことに驚き、そのせいで足元が疎かになってしまい、無様に蹴躓いてしまった。

 階段から落ちたときは、うまいこと受け身をとれたというのに、このときは床に額を打ちつけるという失態をおかした。その衝撃で目から火花が散ったのだが、それがきっかけとなり、見覚えのある写真がたくさん脳裏に降り注ぐ。そのどれもが、愛衣さんのものばかりだった。

 困った顔や不貞腐れた顔、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る顔に、キスする瞬間の瞳を閉じた顔などなど、いつどこで心のシャッターを切ったのか、走馬灯のように思い出すことができた。

 だけど写真の量が膨大すぎて、現在の記憶と混ざり合い、混乱してしまう始末。それは吐き気をもよおすくらいだった。

(大好きな愛衣さんのことを思い出して、気分が悪くなるとか、本当に失礼な話としか言えない)

 自身の不甲斐なさを悔しく思いつつ、副社長とお逢いしたら、昨日怪我したばかりなのになぜ出てきたんだと激しく叱責されてしまった。俺の体を案じて怒っていることがわかるだけに、その場できちんと謝罪し、本日はこのまま帰ることを伝えたら、明日も休んでいいとまで言われたのだが、丁重にお断りした。

(緊急事態だというのに、さすがに2日間も休んでいられない。今日はこのまま帰るが、アイツらの力量を測るために、ここはあえてなにも指示せず、すんなり帰ろう――)

 そんなことを思いながら、経営戦略部の扉を開けた途端に、小さな塊が体に飛び込んできた。

「ふぁっ!?」

 変な声が出たのは仕方ない。両腕で抱きとめた愛衣さんが、イチゴのように真っ赤な顔をしていたから。

「須藤課長……」

「ひっ雛川さん、大丈夫ですか?」

 記憶がないときの俺に愛衣さんが無条件に優しいせいで、そのまま演技を続けた。

「須藤課長すみませんっ、驚かせてしまって!」

「もしかしてトイレに行こうとして、慌てていたんですか?」

「違っ、猿渡さんが……その、私がもっと積極的にならないといけないなんて、無理難題を言い出すもので、逃げようとしていた、感じというか」

 わけのわからない単語の羅列を口走る愛衣さんを不審に思って、猿渡の顔をチラッと見てやった。すると「ちゃうちゃう! 誤解や」と言いながら、顔の前で両手を横に振るリアクションをする。
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