蛍火に揺れる
告白の返事は『詐欺かしら?』

*****

どうやら私はうつらうつらと寝ていたらしい。

目を開けるとそこはー真っ白い病室だ。
隣にある窓からは、雪が溶けた後の湿った街の空気が感じられる。


「起きた?沙絵(さえ)ちゃん」

彼が優しい声で、私に問いかける。

彼は私の旦那だ。
江浪憲正(えなみのりまさ)。
ノリ君と呼んでいる、私より二つ下の二十九歳。

彼は視線を落として、腕の中に優しく微笑んでいる。


その腕の中にはーー産まれたばかりの女の子がいる。
正真正銘、私達の子だ。


「名前なんだけど」
ノリ君は、視線を私に戻すとそう切り出した。

「ケイにしようと思うんだ」

「ケイ?」

「うん。『蛍』と書いて『ケイ』」

夏の名前のような気がするんだけどね。そう呟きながらも、彼は由来についてこう説明する。


「病院に来る最中雪が降っていて…街頭に照らされている雪が、蛍のように見えたんだ」


蛍。
あの日、また一緒に見たいと言った蛍。

ひょっとしたら彼は、ここに来る最中ーあの日のことを思い出していたのかも知れない。



私は微笑んで「いいと思う」と言って頷く。
彼も優しく笑いかけると…その表情が、面白可笑しく笑う顔に変わった。


「何?ノリ君」

「いや、あのね。雪で思い出したことがもう一つあって」

「何?」

「あの日も雪が降っていたなーって」

「あの日?」

「『詐欺かしら?』って言われたあの日」

そう言われると、思わず私もプッと吹き出してしまった。
あぁ確かに。私は 彼の一世一代の告白を、詐欺かしら?とあしらった。


そう返事をして三年後。
彼は私との子供を抱いて、笑い合っている。


今思うと、それは実に奇妙なことのようにも思える。

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