瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 体調が悪いから部屋で休みたいとタリアに告げ、ひとりになった。現に彼女の姿は近くにない。いい頃合いに様子を見に来るつもりなら、チャンスは今だ。

 レーネは部屋を抜け出し、国王の執務室へと向かった。前回は部屋に入るどころか、中の会話を盗み聞きするのが精一杯だった。

 しかし今日、クラウスは会談で席を外していると前情報を得ている。

 大きな扉に身を寄せ、念のため軽くノックをしてみる。返事はおろか人の気配も感じない。昼でクラウスが不在だからか辺りに警護の者もいなかった。

 おかげで難なく中に入れた。本番はここからだ。もう他には考えられない、あの短剣を仕舞っているのは。彼のすぐそばにあるはずだ。

 アルント王国が揺るぎなく続いてきたのには理由がある。不思議なことに治世が危ぶまれる事態に陥っても、何世代かにひとりは王として生まれるべく資質を兼ね備えた者が現れるのだ。

 クラウスのそのひとりだ。そういった王たちの手堅い政治の運び方には覚えがあり、共通していた。

 さらに優秀な王には決まって左胸辺りに痣があるのだと風の噂で聞いたとき、体の震えが止まらなかった。そして確信する。

 神の力を分け合った彼も、自分と同じく魂の記憶を蓄積することになったのだ。それは幼い頃、マグダレーネとしてクラウスに会ってはっきりした。

 はっきりしたやりとりを交わしたわけでもない。でも印の話を聞き、彼の目を見てレーネにはわかった。

 会いたくて、会いたくなかった。このときを恐れていた一方で、ずっと待ちわびていた。

 それから再びクラウスと対面し、この城に連れて来られたときから彼の目的も自分を待つ運命も理解している。しかし、あの短剣は取り戻さなければ。
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