瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 湯浴みの影響かレーネからほのかに甘い香りがして、酔わされていく。さらに声を押し殺しても、面白いほど素直に反応を見せるレーネに煽られ、舌と唇で彼女の柔肌(やわはだ)を堪能する。

 その際、昨日の夜にいささか乱暴に彼女の喉元につけた痕が目に入った。時間が経ったからか、色合いが余計に痛々しい。そこに口づけるとレーネの肩があからさまに震えた。

 表情を確認するため顔を上げると、不安混じりにこちらを見ているレーネと目が合う。衝動的だったにせよ、昨日の行動はやはり軽率だった。クラウスは内心で舌打ちする。

 そんな顔をさせたくて、そばにおいたんじゃない。手に入れたかったのは、けっして傷つけて苦しめるためでもない。

『どうしてわざわざ隠したりしたの?』

 決まっている。彼女を自分のそばに(とど)めておくためならなんだってする。仮初めの蜜月を味わってなにが悪いのか。所詮、泡沫(うたかた)なものだったとしても。

 しかし、レーネにとっては目的を果たすためとはいえ、自分のそばにいるのは苦痛でしかないのかもしれない。整った顔を歪めるクラウスにレーネはおそるおそる切り出す。

「だから、こういうのは……」

 さっきからなにをそんなにこだわるのか。クラウスはレーネの言いたいことを汲み、先に言い切る。

「恋人などいないし、必要ない。こんなに可愛い妻がいるんだ」

 男の口から紡がれた言葉に、レーネの瞳は満月のごとく丸くなる。

 クラウスはレーネの頬に手を添え、自分の額を彼女の形のいいおでこに重ねた。レーネの視界に自分だけが映るほどの距離に満足し、しっかりと彼女に言い聞かせる。

「お前がいれば十分だ。言っただろ、存分に愛でてやる」

 レーネの瞳が切なげに揺れる。それを見て今度は強引に口づけた。返事はいらない。聞きたくもない。
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