瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 紙にペン先を(なめ)らかに走らせ、最後の文字を書ききるとクラウスは億劫(おっくう)そうに一通り目を通し直す。

 おそらく問題はない。表面が乾くのをしばし待とうと窓の外に目を遣った。今日も穏やかな天気だ。

 次の瞬間、王は扉に目を向けた。平穏な昼下がりに似つかわしくない性急なノックがあり、返事をしてやれば予想通りの面々が姿を現す。

「どうした、アードラーが揃いも揃って。国を揺るがす一大事か?」

 からかいを含んで尋ねてみたものの男たちの表情は硬い。先に口火を切ったのはスヴェンだ。

「聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「フューリエンについてだ」

 間を開けないやりとりから彼の苛立ちが伝わってくる。隣に立つルディガーも珍しく厳しい顔つきだ。

 王はわざとらしくため息をつき、口を開く。

「彼女は普通の人間ではなかった。人智を超えた力を持ち、幾度となく奇跡を起こした。未来を予言し、的中させ、人の心を読み、根治不可能とされていた病や怪我をも癒す。そばにいるだけで幸運や富、成功をもたらす存在」

 まるで目の前にある書物を淡々と読み上げているかのようだった。フューリエンにまつわる伝承はスヴェンもルディガーも覚えがある。

 ところが続けて王は、シニカルに微笑んだ。

「……馬鹿馬鹿しい」

 打って変わって冷淡な声にスヴェンとルディガーが反応する。クラウスは机に肘を突いて、行儀悪く姿勢を崩した。

「彼女にそんな力はひとつもない。いくら神聖視しても、ただの人間だ……だが、ひとつだけ他者と違うところがあった」

「片眼異色か?」

 スヴェンが尋ねたが、クラウスはなにも答えない。ルディガーが質問を変える。

「お前はどうして、マグダレーネ王女を望んだんだ? 探していた相手じゃないのか?」

 クラウスは静かに目を閉じる。

「そうだ。ずっと会いたくて、待ち焦がれていた」

「なら……」

「長年の目的を達成するためにな」

 クラウスの表情からも声からもまったく真意が読めない。元々、掴みどころがない男だ。

 しかし、このときばかりは幼馴染みとしてそばにいたふたりでさえ彼が知らない人間に思えるほどだった。
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