一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る

 肩につく長さのボブヘアは母親譲りの赤みがかった茶色で、まっすぐ前を見ている目は真ん丸。この大きすぎる瞳のせいで、本当は二十五歳になるのに何度高校生に間違えられたことだろう。生真面目な表情をしている顔の横には『瀬戸口(せとぐち)(あい)』としっかり私の氏名が入っている。

 ぐっと唇を噛んで、カードをバッグの内ポケットに戻した。

 悠長にチャンスを待っている時間は、もうない。

 塀に沿って歩き、あらかじめ地図で確認していた地点までたどり着く。

 午後五時二十分。四月に入ってだいぶ陽がのびたけれど、通りには人気がない。

 視界を薄紅色の花びらが流れて、私は顔を上げた。

 隙間なく続いていた塀が唯一途切れるこの場所には、コンクリートの一部を担うように立派な巨木がそびえている。

< 4 / 308 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop