クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「ん――」

 ほんの一瞬だけなのに、アルコールをひと息に流し込んだかのような酩酊感。
 強い多幸感の後に恍惚とした喜びが足先まで広がっていった。

「……キスしていいか聞くべきだったかな」

 苦笑が目に入る距離まで夏久さんが離れてしまう。
 無意識に肩口を掴んで引き留めてしまっていた。

「結婚してるんだから、別におかしなことじゃないと思います……」

 やや上擦った声は、私が意識してしまっていることを如実に表している。
 かっと熱くなった頬を夏久さんがまた撫でた。
 そして、子供のように目を細めて笑う。

「なら、もう一回してもいいか」
「は、はい」

 ぎゅ、と目を閉じてキスに備える。
 ぽん、ぽん、と花火がふたつ夜空に咲く音が聞こえた。
 なのになかなか待っている感触が落ちてこない。

(……あれ?)

 不思議に思って目を開けると、夏久さんが心から楽しそうに肩を震わせていた。

「取って食うわけじゃないんだから、そんなに身構えなくてもいいだろ」
「なにかおかしかったですか……?」
「ちょっとな。……でも、雪乃さんのそういうところがかわいいと思うよ」

 心の準備が崩れたところで再びキスをされる。
 外だから、と止める理性は、今は留守のようだった。

「私……言いましたっけ」
「ん? なにを?」
「夏久さんのキスは素敵だって。どきどきします」
「……俺は前に言ったと思うんだが」

 くい、と夏久さんの指が私の顎を持ち上げる。

「そういうのは殺し文句って言うんだ」

 ひと際大きな花火が上がったのだろう。
 周りでわあっとまた歓声が上がり、写真を撮るシャッター音が連続して響く。
 でも、私たちの耳には届かなかった。
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