クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
　誰にも言えず、あの夜をなんとか飲み込んで忘れようとする。
　なのに忘れられないのは、初めての恋をまだ捨てきれない自分がいるせいだった。
　だから――仕事をしないならいっそ結婚すればいいと、父に勧められたお見合いを断り続けた。
　誰と結婚することになっても、夏久さんじゃないなら愛を誓えない。
　遅い初恋はあまりにも重く私を縛り付ける。
　けれど、そんな時間も長くは続かなかった。

「この日はなにも予定がないはずだったな」
「……うん」

　父が再度勧めてきたお見合いを、もう断れない。

「先方には連絡しておくから。準備だけしておきなさい」
「でも、私……まだ結婚は……」
「雪乃」

　記憶にあるよりもずっと老いた父が、皺の寄った手で私の肩を叩く。

「お父さんがいなくなってからも、お前を守ってくれる人が必要だろう」

（だけど、そんな相手から私を遠ざけてきたのもお父さんだよ）

　そう思ってしまったことは言えない。
　父の気持ちもわかるのだ。娘が悪い男に捕まらないよう大切に大切に守り抜いて、そしてようやく誰かに託してもいいと思えたのが今なのだろうと。
　ただ、二十七歳という年齢を考えれば遅すぎた。

　あと五年早ければまだなにか違っていたかもしれない。
　あるいは、私にもっと恋愛経験があれば。
　だけど今から動き出すとなれば、私には学ぶことが多すぎる。結婚できると判断する頃にはいくつになっているのかわからない。

　先日の夏久さんとのことだって、私の苦い恋愛として経験のひとつになった。
　これを積み重ねていかなければいけないのだろうと思いつつ、もうすでに疲れてしまった自分がいる。
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