クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 渋りに渋った父をようやく説得し、ついに自由――と言っていいかはわからないけれど――を手に入れた。
 実家に比べれば住み心地は悪い。でもここは、私が初めて手に入れた夢のお城だった。
 部屋の真ん中で思い切り伸びをしてみる。狭いのに解放感を覚えるのは、つまりそういうことなのだろう。
 視線を落とせば、テーブルに置かれた鏡の中に映る私自身と目が合った。

(今からでも恋人って作れるのかな)

 見つめてくるのは薄い化粧をほどこしただけの、美人ともかわいいとも言えないごく普通の顔。
 父に似た目は、たれ目なくせにぱっちりと大きい。色は墨を塗ったような黒で、これは髪の色も同じだった。和服美人だった母に似たらしく、今まで一度も染めようと思ったことがない。
 ただ、残念ながら私は和服があまり好きではない。七五三で着物を着せられたとき、お腹が苦しくなるものだという印象を受けたからだ。

 私が苦笑すると、鏡の中の顔も苦い笑みを浮かべた。
 自分で言うのもどうかと思うけれど、清楚という部類に入る雰囲気の顔なのだと思う。
 ただ、これは“遊び慣れていない顔”だ。二十七歳になるまで恋人を作らず、学生時代に経験しておくべきちょっとした悪いことも知らない、つまらない女の顔。
 恋人を欲しくないと思ったことはない。父より優先するべきかと言われれば、だったら必要ないと切り捨てられる程度の気持ちではあったけれど。

 ベッド脇に置いてあるバッグを手に取る。
 今日は記念すべきひとり暮らし一日目。門限もなく、好きなことをしても許される特別な日の始まりである。
 この日を楽しみにしてきた私には、したいことがあった。
 わくわくした気持ちを抑えきれないまま、玄関のドアを開ける。

「行ってきます!」

 これから私は生まれて初めて“夜遊び”をするのだ。
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