ボードウォークの恋人たち
冬来たりなばハル遠からじ

噓つき


『急募!!研修者募集』
更衣室の壁に貼りだされたそれに目が釘付けになっていた。
・・・そうか、その手があったか。
しばらくの間でも今すぐハルから離れられる方法が。

都内だけでなく関東圏のあちこちに二ノ宮グループの関与する医療介護施設がある。
それらでは職員同士の交流というだけでなく技術向上や人手不足解消などを目的として就職後3年目から5年目の主にナースの医療スタッフがグループ内の施設に2週間から4週間程度の研修に出ることになっていた。

私も今年からその制度の該当者にあたるため年度初めに総務からお知らせメールが来ていたけれど、いつどこにどのタイミングで研修に出るかは本人が希望できることになっているから私は保留にしていた。

もともとこうと決めたら行動は早い方だ。
昼休みに早速看護科長に希望を伝えた。

「んー、今緊急で募集が出てるのは茨城寄りの千葉県と栃木県寄りの埼玉県の老人介護施設なのよね。遠いからあちらの寮暮らしになっちゃうけどいいの?」

「勿論です」

「ご家族は知っているの?」

「いえ、決まってから報告します」

いいのかしら、んーやっぱりまずいわよねぇと科長が独り言のように呟き、ファイルをトンっとデスクに置いた。

「どちらの施設も急な欠員で大変らしいから行ってもらえると助かるけど、お父様の二ノ宮先生にだけは先に了解をとってちょうだい。さすがに二ノ宮さんの研修を上に黙ってやるのはねぇ。わかるでしょ、とりあえず保留」

「そうですよね・・・わかりました」

「ご両親の許可が下りたらもう一度声をかけて頂戴」

科長にバッサリと切られた。
そうですよねぇ、私もチラッと考えました。
事後承諾にして父から許可はとってあるって言えばよかったかな。
でも、それでもし科長に迷惑がかかってしまったら嫌だし。

「はい、わかりました。すみません、お手間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」

非常識ですみませんと頭を下げた。

< 118 / 189 >

この作品をシェア

pagetop