ボードウォークの恋人たち
エレベーターを降りてくっついていた身体が離れ玄関ドアをハルが開けてくれて中に入ると、また私たちの間に気まずい空気が流れる。

「ハル、心配かけてごめん。今度はもっとちゃんと連絡するし、早く帰ってくるようにするね」

なぜかわからないけれど、ハルはずいぶん心配していたのかもしれない。心配症の父親みたいに。
一緒に暮らしている以上もっとハルに気を遣うべきなのだろう。

「・・・俺は・・・、いやいい。うん、おかえり水音。明日も仕事だろ、風呂早く入れ」
魔王の顔は完全に引っこみハルの顔にはぎこちない笑顔が浮かんでいる。
やっぱりおかしい。さっきと全然違う。

ハル、と言いかける私より先にハルは靴を脱いで自分の部屋に入ってしまった。

今日行くと言ってた大学の医局で何かあったんだろうか。



・・・
お風呂を出たらリビングでハルがウイスキーを飲んでいた。

私と目が合うと「水音も飲む?」とグラスを持ち上げて誘うような仕草をする。
ハルの表情は柔らかくてどうやらいつものハルに戻ったみたい。

「ウイスキーってあんまり飲んだことないの。味見だけさせて」

「いいよ」ふっと薄く笑って私にグラスを差し出したハルの顔にドキッとする。

ハルは少し酔っているのか男の色気みたいなものがにじみ出ている。
ウイスキーをロックで飲んでいるハルを見るのは初めてだ。
グラスを持つ指先とかちょっとけだるそうなその顔とか・・・ヤバい。

あまりハルの顔を見ないようにしてハルの手からグラスを受け取ると、そっとグラスに口をつけてみる。

「苦っ」

口に含んだ最初に感じたのは芳醇な香り、次に甘み、そして辛みに似た苦みだ。

顔をしかめた私にハルがくすくすと笑う。
「これがわからないなんてまーだまだお子ちゃまだったな、みおチャン」

「うーん、そうだね。私にこの味はまだ早かったみたい。香りはいいのになぁ。ざーんねん」

「お子様はもう寝な。俺もこれを飲んだらもう寝るから」

「わかった。ハルも早く寝てね。お休み」

ハルの表情がいつも通りなことを確認して私は歯磨きに向かった。
ハルがお見合いの席にいきなり乗り込んできてからまだ数日。離れていた6年間のことはまだ聞けていないし、急に戻ってきた理由も聞けていないけれどハルとの生活は思ったよりも居心地が良い。
今夜は心配をかけてしまったみたいだからこれからはもうちょっと気を付けよう。

歯磨きを終えてリビングに顔を出すと、ハルはまだ飲んでいたけれど、テーブルには冊子と書類が広げてあって、飲みながら書類を読んでいるようだった。

「お休み、ハル」

邪魔しないように小さく声をかけると「ああ」とハルの笑顔が戻って来てほっとする。
そう言えば木曜日からハルは出張だった。
本当は忙しいんだろうな。私のことが気になって今日の学会前の準備を邪魔してしまったのなら申し訳ない。
もう少しハルに気を遣おう、そう思った夜だった。
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