ボードウォークの恋人たち
ハルに三日の晴れなし

詩音

****


「詩音、それホント?」

「ちょっと水音ったら声大きいよ」
「ごめんっ」慌てて両手で口を塞いで周りを見回した。

こんな静かなバーで大きな声を出したら大ヒンシュクを買ってしまうし、下手したら出禁になってしまう。
怖いから。ここのオーナーよりバーテンダーのリュウさんが。

幸い怖い怖いリュウさんは席を外していた。

今夜は厨房担当が1人病欠していてリュウさんは大忙しらしく、カウンター内をもう1人のバーテンダーに任せ自分は奥の厨房に入っている。

「セーフ」とホッとして胸をなでおろすと「バカね、そんなにビビらなくても」と詩音に笑われた。

「で、で、さっきの話。アトリエ借りたって本当?」

「うん。森崎ビルの隣のタワマン。借りたんじゃなくて買ったの。今住んでる家に近いしアトリエにはちょうどいいと思って。セキュリティもしっかりしてるからタツヤもそこならいいって言ってくれて」

「だったら、ねぇ、私をそこの管理人にしてよ。いや、管理人じゃなくてメイド、メイドでいいから。賃金はいらない、光熱費も私が払うからさ。お願い。詩音の制作の邪魔はしないしご飯作る。詩音の世話ならなんでもするから」

「待った、待った、水音ストップ!」
詩音の両手を握りしめ噛みつきそうなほど顔を近づけた私に詩音が驚いてのけ反った。

「ちょっと待って。何なの」

「・・・もうハルから離れたいんだよね、私。・・・近くにいるのが辛い」

そう吐き出すと、詩音の顔が固まった。

「ハルって・・・まさか舘野先輩?」

私が頷くのを見て詩音の顔がみるみるうちにしかめっ面になっていく。


「私がちょっとハネムーンに言ってる間に何があったっていうの。何で今さら舘野先輩なのよ。あの人が姿を消して何年たってると」

幼なじみの詩音は私のハルへの想いを知っている。
小学生の頃は素敵な兄の友達と自慢していたのが中学生から高校生になる頃にはハルの女性関係に悩まされるようになっていたこと、憧れが恋になり幻滅、拒絶に変わったことも。
< 97 / 189 >

この作品をシェア

pagetop