婚約者は野獣
出会い


結局、洋食屋の個室で
一人寂しく食事をした私は

迎えを呼ぶことなく外へと出た

大きなバッグから携帯電話を取り出すと並んだ着信履歴の一番上をタップした


(遅ーーーーい)

「ごめん、マナーモード」

(今どこ?)

「いつものビストロ」

(出掛けようよ)

「良いねぇ」

(どうせ変装中でしょ?)

「うん」

(じゃ、そこにいて迎えに行く)

「はーい」


電話の相手は親友の中村繭香《なかむらまゆか》

同じ三ノ組傘下中村組の三女で
母親同士が同級生ということもあり
赤ちゃんの頃から仲良し

ビストロの門前に立つこと五分で
白い国産車が目の前に止まった


「早ーい」


「お疲れ〜千色」


「ありがと、繭香」


「どういたしまして〜」


「穣《じょう》さんもありがとうね」


運転手兼護衛の穣さんに声をかけると
ミラー越しに笑顔を向けてくれた


「で?」


「ん?なに?」


「なんでそんなに機嫌悪いのよ」


この車に乗り込んだだけで
繭香は私の苛々した気持ちを言い当てた


「聞いてよーーーーーっ」


小さな頃から包み隠さず全てを話している繭香になら私の気持ちを分かって貰える

そう思っただけで

言葉は口から出てはくれなくて

出てきたのは子供みたいに声を上げて泣く
私の嗚咽だけだった


「偉い、偉いよ千色は」


何度も何度もそう言って
頭を撫でてくれる繭香

あてもなく走る車は
気を利かせた穣さんによって
景色の良い高台公園の駐車場に止められていた








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