異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「そうだが」

 門番の兵士がこちらをじっと見ているのに、意にも介さないこの人は何者なんだろう。

「ま、まさか中に入るんですか?」
「いや、城の中には用はない。こっちに来てくれ」

 びくびくしながら、アルトさんのあとについていく。正面玄関ではなく、裏にある小さな門から、私たちはお城の敷地に足を踏み入れた。

 もちろんそこにも門番さんはいたけれど、アルトさんが「よう、ご苦労様」と片手を挙げただけでお辞儀して通してくれた。ますます、彼の正体がわからない。

 彼のあとについていくと、広々とした庭園が現れた。
 噴水やキレイにカットされた植木、色とりどりの花壇から離れた場所に、運動場のような芝生スペースがある。そこでは、屈強な男たちが剣を打ち合い、「おうっ」「ハアッ」などとうめきながら汗を流していた。

 その熱気と男くささに、若干身を引いてしまう。

「こ、ここは?」
「王宮騎士団の稽古場だ」
「騎士団!?」

 確かに、マントの背中にはルワンド国の竜の紋章が入っている。赤いジャケットと黒いトラウザーズという騎士服も華やかだ。肩の部分にあるマントの留め具にはひらひらした金色のタッセルがついているし、袖や背中、至るところに金色と白、黒の糸で刺繍がしてある。

 その迫力に気圧されてしまったが、この人たちはエリートなのだ。国を守るために日夜訓練に勤しんでいるのだから、こわがっていては失礼だろう。汗臭そう、なんて絶対に思ってはダメだ。

 アルトさんは、声をかけずに少し離れた場所から練習風景を見ている。
 そのうち、赤茶色の髪をした若い男性がこちらを向き、驚いた顔で駆け寄ってきた。背は高いけれどそこまでムキムキではなくて、柔和な顔立ちがいかにも優しそうだ。

「アルファートさま! またそんな格好をして、護衛もつけずにうろついて……!」
「あっ、バカ」

 駆け寄ってきた騎士団の人を、アルトさんはにらみつける。

「アルファート……?」

 その名前には、聞き覚えがあった。アルファート・ルワンド。井戸端会議でもよく話題にあがる名前。

『優秀な第一王子や第二王子に比べて、ぱっとしないのよねえ。見た目は色男なんだけど』と、おばちゃんたちが噂している、末っ子王子。確か年齢は、二十五歳くらいだったか。

 肖像画で見かける王子の顔と、今隣にいるアルトさんの顔がぴたりとはまった。

「もしかして、アルファート第三王子!?」

 見覚えがあったのは、役者さんだからじゃなかったんだ。遠くからだけど、パレードで顔を見たこともあった。なんですぐに気付かなかったんだろうと思うけれど、記憶の中の王子とは違う部分がある。
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