異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
第五話 王子様とバースデーケーキ
 暦は三月。待ちに待った春がやってきた。重いコートを脱いだ街の人たちの足取りも軽い。冬の間は森にこもっていた獣人さんたちも、再び店に顔を出してくれるようになった。

 このあたりの海は、冬になると荒れる。春になれば貿易も活発になるし、フルーツを使ったスイーツがたくさん作れる。街の色彩が鮮やかだから、カラフルなスイーツも作りたくなってくる。

 最近、アイシングの練習も始めたので、アイシングクッキーなんてどうだろう。ポップすぎるとウケない気がするから、ルワンド国の伝統の模様を描いたり、メッセージクッキーみたいにするのもいいかも。
 ついつい甘い物のことばかり考えてしまうが、春にはお祭りがある。城前広場に屋台が並び、ステージでは楽器隊の演奏や伝統の踊りも披露される。
 王族もお城のテラスから挨拶するということで、ルワンド国で最も盛り上がるイベントなのだ。

 新年はひっそり、なのに春はこれだけお祝いするのは、ルワンド国で作物があまり取れず、貧しい時代が長かった名残なのだろう。
 保存食も満足に用意できなかった冬は生きるか死ぬかの厳しい環境だったろうし、それを乗り越えたあたたかな季節は、今の私が感じている何倍もの喜びを与えてくれたに違いない。

 そして、四月にはアルトさん――アルファート第三王子の生誕祭もあるらしいのだ。
 らしい、というのは、生誕祭はお城の中で行われる王族のみのお祝いだから、庶民が気にすることはなかったのだ。

 でも、今年はそう言ってもいられなくなりそうだ。
 それというのも……。

「ええっ。生誕祭のスイーツを、私がですか?」

 なんと、私が国のパティシエ代表としてお城に赴くようにと、アルトさん直々にお達しがあったのだ。
 スイーツを作れる人材自体、私と王宮料理人しかいないのだから、代表もなにもないのだが……。

「うむ。お前にはメニューの提案から当日の調理まで、すべてまかせようと思ってな。王宮料理人にも協力するよう言ってある。優秀な人材ばかりだから、役にたたないということはないだろう」
「エリーちゃんには、しばらく王宮の厨房に通って、料理人の指導とメニューの計画に当たってほしいんだ」

 ベイルさんも私を呼ぶことに賛成しているらしく、ふたりがかりで説得してくる。
 簡単に言うけれど、王族が一堂に会する場だ。量も質も、華やかさも求められるだろうし、ふだんどおりにはいかない。
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