9時少し過ぎた頃、智くんからの電話が鳴った。

おかしいほどドキドキしながら通話ボタンを押す。
 


「麻有ちゃん、こんばんは。今、電話して大丈夫?」

大人の声の智くんが 私の名を呼ぶ。
 
「大丈夫よ。今日はお疲れ様でした。」
 
「こちらこそ、ありがとう。でも びっくりしたよ。あそこで麻有ちゃんに会えるとは思わなかったなあ。」
 
「私もまだびっくりしているわ。智くん、すっかり大人になっているし。」
 
「ははは、当たり前でしょう。もう27歳だよ。麻有ちゃんもきれいなお嬢さんになっていて見違えたよ。」

智くんの優しい話し方は昔のままで、とても耳に心地よい。
 
「智くん すぐにわかった、って言っていたじゃない。私、あまり変わってないでしょう。」

心が時を超えて親しげに話してしまう。
 
「それは、麻有ちゃんが小さい頃から可愛かったってことだよ。」
 
「都会の人は、口が上手いわ。お仕事はもう終わった?」
 
「うん。家だよ。麻有ちゃんは今どこに住んでいるの?」
 
「大田区の大森。就職した時に今のアパートに引越ししたの。智くんは実家?」
 
「うん。いい加減、自立しないといけないんだけどねえ。家を出る理由がなくてさ。」
 
「お母様はお元気?」
 
「元気だよ。年取ったけど元気。あちこち忙しく出歩いているよ。」

会っていない時間を埋める質問は尽きない。
 


「私、智くんはお父様の会社を手伝っていると思っていたから、意外だったわ。」
 
「親父の会社は、兄貴が引継ぐから。二人で一緒にやってもねえ。俺は自由にやらせてもらっているよ。それより麻有ちゃん、ゆっくり食事しようよ。今度の週末とか予定ある?」
 
「土曜日の夜は大丈夫よ。昼はゴルフのスクールに行っているの。」

土曜日は明後日。そんなにすぐ智くんと会うことになるとは思っていなかった。
 
「へえ、麻有ちゃんゴルフするの?じゃあ今度一緒にラウンドしようよ。」
 
「無理よ。私、初心者だもの。コースに出るなんてまだまだ。」
 
「大丈夫だよ、俺が教えてあげるから。コースに出た方が早く上達するって。まあ、その話しも、土曜日にゆっくりしようね。」
 

私達は待ち合せを決めて電話を切った。
 


こんな風に智くんと繋がれるなんて思いもしなかった。

私の中で、智くんは思い出になっていた人だから。

いつまでも甘い上気が治まらなかった。

初めて感じる、強いときめきだった。
 


智くんは、何故私を誘ったのだろう。ただ懐かしいから?

私は何故、智くんと会う約束をしたのだろう。幼馴染だから?

それなら 私のときめきは何だろう。私には彼がいるというのに。