二度目の結婚は、溺愛から始まる
キスも勉強のうち

約束は、十九時。
いまは、二十三時。

いつも、一時間待っても来なければ、帰っていいと言われていた。


(でも……今日は、帰りたくない。だって……)


今日は、蓮の誕生日だ。

恋人ではないけれど、お祝いしたかった。


蓮の息抜きになると宣言してから、ひと月。

会えたのは、たったの二回。

約束しては、延期になり。延期になっては、ドタキャンされ。
かろうじて二回、ほんの二時間ほど食事をした。

友人たちには、「それって、脈なしでしょ?」「いい加減、諦めたら?」と言われ続けている。

それでも、諦めきれずにいるのは、キャンセルされる理由が「仕事」だから。

蓮は、自他ともに認める仕事人間だ。

兄によれば、現在のKOKONOEは、海外進出に踏み出したばかりで、さまざまなトラブルが起きている。

海外進出を提案した張本人である蓮は、海外支店と本社のパイプ役を務め、膨大な量の仕事に追われているらしい。

過労死するからやめてくれと上司に泣きつかれるほど仕事に没頭し、寝る暇もない――というより、寝ていないと思われる。

カフェに顔を出すこともめっきり減って、近づいたはずの距離がどんどん遠くなっていく。


(一進一退どころか、後退しつづけてる気がする……)


五杯目のチョコレートドリンクを啜りながら鳴らないスマホを見つめ、そろそろSNSでメッセージでも送ろうかと思ったところへ、店員がやって来た。


「大変申し訳ないのですが、閉店となりますので……」

「すみませんっ! すぐ出ます」


慌てて会計を済ませて店を出て、手にした紙袋を振り回しながら、とりあえず駅へ向かう。

紙袋の中身は、ベタな誕生日プレゼント。
雪の結晶をモチーフにしたネクタイピンとラペルピン、そしてカフス。

使ってもらえなくとも、受け取ってくれるだけでいいと思っていたが……渡すことさえできないのでは、どうしようもなかった。


(家の住所、訊いておけばよかった。ポストに入れるとか、ドアにかけておくとかできたのに……)


蓮と会うのは、いつも外だ。

悪いことなどできそうもない、高級レストランばかり。
必ず、帰りは送ってくれる。
蓮の部屋ではなく、わたしの部屋まで。

酔った勢いで男女の仲になる、なんてことは百パーセントない。

蓮は、車を運転するのを言い訳に、お酒を一滴も飲まないし、わたしにも飲ませない。
わたしたちの乾杯は、いつもミネラルウォーターだった。


(なんとも健全なお付き合いだわ……)


最初は、何度か会えばいい雰囲気になり、そのうちなし崩し的に男女の仲になり、恋人同士になれると思っていた。

大学の友人たちを見ていると、合コンで付き合い始めたり、いきなり身体の関係から始めたりと、けっこう簡単にお付き合いなるものを成立させている。
社会人の彼氏持ちも、珍しくない。

それなのに――。

この調子では、イブを二人で祝うなんて、夢のまた夢だ。
永遠に、待ちぼうけし続けて終わるかもしれない。


(それにしても……寒いんだけど!)


いつものパンツスタイルを改めて、ニット素材のミニのワンピースなんて恰好をしてきた自分が恨めしい。

ダウンコートを着込んだ上半身は温かいけれど、下半身は冷たい空気にさらされている。

カチカチ鳴りだしそうな歯を食いしばり、やっぱりファミレスにでも入ろうかと思った目の前に、二つの人影が立ちはだかった。

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