二度目の結婚は、溺愛から始まる
ナンパ男、襲来


「椿」

「んー」

「そろそろ出る」

「んー」


二日酔いとは無縁の人生を送っているけれど、たくさん飲んだ次の日はやっぱりなかなか起きられない。

昨夜は、泣いて、飲んで、蓮とふたり、もつれるようにしてベッドへ転がった。
泣き疲れ、酔っ払っていたわたしたちは、ただ抱き合って眠りに就いた。

寝ている間に、離れてしまったぬくもりを求めて腕を伸ばす。


(あれ……?)


あるはずのものがない。
重い瞼を開けられないまま、バシバシとシーツを叩いていたら、手首を掴まれ引き起された。


「そろそろ起きないと、約束に間に合わないんじゃないか?」

「え?」


そこにいたのは、やや光沢のあるグレーのスーツを身に纏ったイケメン。
寝起きで見る蓮のスーツ姿に、目が冴えるどころか余計にぼうっとしてしまう。


「風見さんの店に行くんだろう?」

「……そうだった」

「遅くなるようなら、連絡してくれ」

「はい……」

「起きているか?」

「……たぶん」

「たぶん……?」


蓮は、凛々しい眉を引き上げて、しかめ面をする。
笑顔はもちろん好きだけれど、そんなしかめ面も捨てがたい。


(美人は三日で飽きるって言うけれど、美男はちがうの?)


何年経っても、見飽きることなどなさそうだ。

そんなことを思っていたら、蓮がいきなりわたしを抱き上げた。


「熱いシャワーでも浴びれば、目が覚めるだろ」

「きゃっ! なっ、れ、蓮っ!?」


そのままバスルームまで運ばれて、色気のないルームウェアという名のTシャツを押し上げられそうになる。


「ちょっ……っ!」


ブラジャーをしていないことを思い出し、させまいと慌てて裾を引き下ろした。


「朝から何をする気よっ!?」

「シャワーを浴びるなら、脱がなきゃならないだろ。何もしない、見るだけだ」

「見るだけっ!? 何のためにっ!?」

「目の保養」

「保養になるようなものじゃないわよっ!」


いまさら隠したところで、あまり意味はないのかもしれないが、観賞用として自信満々でさらけ出せる身体ではない。


「俺は気に入ってる。椿の全部が、俺の好みなんだ」


わたしを見下ろす蓮のまなざしは、からかいの色を含みながらも、ひどく優しい。


「朝からそういうことを言わないでよ……」


からかわれているのだとわかっていても、頬が熱くなってしまうのは、どうしようもない。


「朝だろうと夜中だろうと、言いたい時に言う」

「…………」

「なあ、椿……そんな顔をして、襲われたいのか?」

「そ、そんなわけないじゃないっ!」


慌てて否定する耳元で囁かれる。


「今夜は飲まずにいてくれ」

「どうして?」


毎晩飲まなくては気が済まないわけではないが、ダメと言われると反発したくなる。


「酔っていると存分に抱けないからだ。何日我慢してると思ってる?」

「…………」


口をパクパク開け閉めするわたしを見て、蓮はにやりと笑った。


「できれば、下着は赤にしてくれ」

「赤……」

「いってきます」


唇にキスを落とし、バスルームを出て行く広い背中を茫然と見送る。

昨夜のことで、多少ぎこちない雰囲気になるかもしれないという心配は、杞憂だった。

蓮がずっと抱いていた痛みや苦しみが和らいで、気持ちが明るくなったのなら、それは嬉しい限りだが……。


(紳士の皮を被った狼が、皮を脱ぎ捨てたら……こっちの身がもたない……)


拒否しようにも、キスされただけで流されてしまうのだから、抗うなんて無理だ。

蓮に抱かれるのは、嫌ではない。
嫌ではないけれど……逃げ出したいような気持ちに駆られるのは、何故なのだろう。

今夜のこと、これからのことをぼんやり考えていたが、ふと見た時計が示す時刻で我に返った。


(いけない……遅刻するっ!)



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