二度目の結婚は、溺愛から始まる
友情と愛情のちがい


(六年も経てば、ビルごと変わるのね……)


駅を挟み、南側に広がる繁華街とちょうど反対に位置する北側のエリアは、昔から大手銀行や保険会社、テレビ局などの自社ビルがひしめき合うオフィス街だ。

『KOKONOE』の社屋は駅からすぐの場所にあるため、先日はそれほど気にならなかったが、歩き回ってみれば、すっかり街の様子は変わっていた。

無機質で殺風景な外観だったビルは、おしゃれでモダンなものに改装されている。

上層階には一流企業のオフィスが、低層階にはカフェやレストラン、ファストフード店が入り、立て看板やのぼりが宣伝するランチメニューは、どれもリーズナブル。

オフィス街ならば、平日のランチタイムに一定数の客を見込め、薄利多売でもそれなりに安定した売り上げを確保できる故の価格設定だ。


(もしも、こちら側に店を出すとしたら、テイクアウト主体の小さなお店でもいいかもね……)


ふと、そんなことを考えてしまったのは、七年前に『TSUBAKI』を立ち上げる際、駅の南側か北側、どちらに店を構えるか迷ったから。

利益重視で考えるならオフィス街。コンセプトを重視するなら繁華街。

何度も涼と愛華、三人で話し合った結果、仕事や日常から離れて「くつろぎ」を提供する場所にしたいという初志を貫徹することにして、現在本店を構えている繁華街を選んだ。

でもいまは、出勤前のルーティーン。プレゼンを終えてほっとしたいとき。失敗して落ち込んでいるとき。ふらりと立ち寄って、気持ちを切り替えるための一杯を提供する――そんなお店も「アリ」だと思う。


(テイクアウトだけなら、ひとりでも回せる……テイクアウトできる軽食となるとサンドイッチ? ありきたりすぎる? 長い目で見れば定番に落ち着くものだけれど、インパクトに欠ける……)


熾烈な争いに勝つために、どんなメニューがいいか考えながら歩いていたが、ちらりと視界に入った時計を見て、当初の目的を思い出した。


(……って、そんなこと考えてる場合じゃなかったっ!)


平日の昼間にこうしてオフィス街をウロウロしているのは、ビジネスチャンスを探るためではなく、ある人物――ナンパ男と待ち合わせをしているからだ。

もちろん、デートではない。
結婚式の会場デザインを完成させるため。

ナンパ男には、仕事終わりに家に寄れとしきりに誘われたが、オオカミの巣穴に自ら飛び込むようなもの。どうあっても昼間に会いたい、それがダメなら征二さんのお店で話をしたいと言い張ったわたしに、ナンパ男が折れた。

今日ならスケジュールに空きがあると言われ、三日連続の通し勤務を終えて、征二さんから一日の休みを言い渡されたわたしも都合がよかった。

ところが、待ち合わせ場所に指定された、「N's Place」が見つからない。
地図アプリで検索しても、それらしきカフェやレストランはヒットしなかった。


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