二度目の結婚は、溺愛から始まる

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「相変わらず……面白くない部屋」


横暴な兄によって彼のマンションへ連行されたわたしは、モデルルームのように味気ない部屋を見て、げんなりした。

ひとり暮らし歴が長く、しかも几帳面な兄の部屋は、整理整頓が行き届きすぎている。


「寝るだけの部屋に、面白味なんかいらないだろ」


せめて女性の痕跡でもないかと見回してみたが、あるのは『KOKONOE』の家具だけだ。


「とても家具メーカーの社長の言葉とは思えない」

「俺は、シンプルなのが好きなんだよ。おまえと違って。コーヒー、飲むか? 俺が淹れるのでもよければだが」

「わたしが淹れるわ」

「じゃあ、任せる」


キッチンの戸棚の中からコーヒー豆を取り出し、お湯を沸かす。
コーヒーメーカーはないので、ハンドドリップで丁寧に淹れた。

コーヒーの香りを吸い込めば、強張っていた身体も心も解れていく。


「酸味が強いわね。気に入ってるの?」

「いまは。その時々で、飲みたいものを買っている」

「ふうん?」


ソファーに体を沈めて熱いコーヒーを啜り、すっかり油断していたところへ、兄から容赦ない質問を浴びせられた。


「それで、蓮とはちゃんと話せたのか?」


緩んだはずの心と身体が、再び緊張で固くなる。


「ちゃんと、とは? 何を話すのよ? いまさら」

「いい加減、許してやれよ」

「許すって、何を?」 

「いまでも蓮は、全部自分のせいだと思っている」

「そうではないと言ったはずよ。蓮は何も悪くない。悪いのはわたしで、許してもらわなきゃならないのも、わたしだって」

「自分を責めるな、椿。おまえに非はない」


痛々しいものを見るような兄のまなざしは、七年前と変わらない。
自分では立ち直ったつもりだったのに、彼の目に映るわたしは、七年前と変わっていないのだ。

その事実を裏付けるように、わたしの中で燻り続けていたものがちらちらと燃え出した。


「非は、ある。わたしが何もかも失ったのは、自業自得なのよ」

「そうじゃない。事故も離婚も、誰かのせいではない。不幸な偶然が重なっただけだ」

「偶然じゃない。わたしがバカな真似をしなければ、起きなかったことよ」


何度、自分の行動を悔やんだか知れない。

後悔と悲しみに溺れて過ごした後、わたしが悟ったのは「悔やんでもどうにもならない」ということだった。

失われたものは、二度と取り戻せないのだから。


「いまさら話しても、何も変わらないわ。だから、この話はおしまい」

「椿……」


話を打ち切るために、強張った身体をソファーから引き上げる。


「シャワー浴びてもいい? それから、ちょっと眠りたい」

「ああ、自由に使え。ゲストルームは廊下の奥、突き当たりだ。シーツ類は取り替えてある」

「ありがとう」


ゲストルームは、ベッド以外の家具がひとつもなかった。
掃除はしやすいだろうが、くつろげはしない。


(兄妹そろって、潤いのない生活をしてるわね……)


スーツケースから下着と部屋着を取り出し、バスルームへ入る。

熱いシャワーを頭から浴び、あふれ出したいらない感情を疲れと一緒に洗い流す。

クタクタで、何も考えられなかった。

考えたくなかった。

シャワーを終え、髪を乾かすことさえせず、ベッドに身を投げ出す。


(どうか、夢を見ませんように……)


そんな虚しい願いを心の中で呟いて、わたしは眠りに落ちた。


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