二度目の結婚は、溺愛から始まる
断れない同居生活


『椿……』


懐かしい声が、わたしを呼んでいた。


『起きろ、椿』


穏やかで、心地いい低音の響きで呼ばれると胸の奥がくすぐったくなる。
大きな手で頬を包まれて、優しく額にキスされると、いつでも気持ちよく目覚められた。

あの頃は、「朝」が好きだった。
また新しい一日を――二人で過ごす日々を積み重ねていけることが、嬉しかった。

目を開けたら、消えてしまう夢。
もう少しその中に漂っていたかったのに、ぎゅっと鼻をつままれて、目を開けた。


(蓮……じゃなく、柾っ!?)


こんなことをするのは、兄だけだ。


「ちょっと、柾っ! 人が気持ちよく寝ているところを邪魔しないでよっ!」


怒りにまかせて勢いよく起き上がり、傍らにいる人物を見て目が点になった。


「……え」


ベッドの横に立ち、わたしを見下ろしているのは……兄ではない。


「どうして……蓮がいるの?」

「俺の部屋だからだ」


シャワーを浴びたらしく、濡れた髪をした蓮はTシャツにスウェットパンツ姿。
完全にくつろぎモードだ。


「…………」


鎖骨のあたりに見える赤い痣に、何となく心当たりがある気がして、必死に昨夜の記憶を掘り起こす。

涼と愛華、三人で飲んだくれ、柾に迎えに来てもらった――はずだった。


(部屋に入って、服を脱いで、振り返ったら蓮がいて……キスをして……それから……)


ゴクリ、と唾を飲む。


(してしまった……しちゃったじゃないのっ! 元夫と! しかも! 何度もっ!)


「――っ!」


声にならない悲鳴を上げ、シーツを引き上げ、むき出しになっていた胸を慌てて隠す。


「もうすぐ、柾が来る。その姿で会いたいなら止めはしないが、まだシャワーを浴びる時間くらいはあるぞ?」

「ま、柾っ!? どう、どうして?」

「連絡したからだ」

「連絡したっ!?」

「おまえを行方不明にしておくわけには、いかないだろう?」

「行方不明って……余計なことしないでよっ!」


蓮と一緒にいると知ったら、兄はきっとまた過去の話を蒸し返す。


「俺は、余計なことはしない。必要なことだけをする」


きっぱり宣言した蓮は、いきなりシーツごとわたしを抱き上げた。


「きゃっ! ちょ、ちょっと! 下ろしてよっ!」

「イヤだ」

「い、イヤっ!?」


蓮は、わたしの抗議など無視し、バスルームへ向かう。

浴槽もある広いバスルームは明るく、何もかもがはっきり見えるのに、蓮はわたしを下ろして立たせるなり、シーツを引きはがした。

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