二度目の結婚は、溺愛から始まる
本当の気持ち、気になる気持ち


朝、眠りと目覚めのはざまでまどろむほど、幸せなことはない。

布団からはみ出て冷たくなっていた足や肩を縮め、抱き枕に手足を絡めて力いっぱい抱きしめ――ギクリとした。


(なんだか……いつもより、硬い……?)


目を開け、真っ先に飛び込んで来たのは、苦笑いしている蓮の顔。

抱き枕の正体は、生身の人間だった。


「椿の力で肋骨が折れる心配はないが……ちょっと苦しい」

「ご、ごめんなさいっ」


転がり落ちるようにしてベッドから出て、自分が一糸まとわぬ姿であることに気づく。

とりあえず着るものを求め、一番近くにあった紙袋から取り出したのは……スケスケの真っ赤なベビードール。


(き、着る意味が見いだせない……)


「どうせシャワーを浴びるんだから、そのままバスルームへ行けばいい。着替えは用意しておいてやる」

「そ、そういうわけにはっ」


しゃがみこんだまま振り返ると、うつ伏せでこちらを見ていた蓮が目を閉じた。


「目をつぶってやるから、早く行け」


いろんな意味で泣きそうになりながら、バスルームへ駆け込む。

チョコレートの香りに包まれながらシャワーを浴び、体中にある赤いしるしに赤面しながら、記憶を辿ろうとして……愕然としてしまった。


(記憶が……ない)


クローゼットに服をしまって、蓮とキスをした。
そのあと、流れでベッドに押し倒され、一回……二回目くらいまでは記憶がある。

しかし、その先は……。


(酔ってもいないのに。蓮が、すごく上手いの? それとも……)


比較する経験がないため、そういった技術の善し悪しはよくわからない。

熱いシャワーを浴びているせいではなく、身体が火照り、のぼせそうだ。

冷静さを取り戻したくて、冷たい水で顔を洗ってからバスルームを出る。

蓮は、言葉どおりに昨日買った服と下着を用意してくれていた。
脱ぐ前からどんな下着を着けているのか知られているなんて、恥ずかしすぎる。


(もうっ! なんで、抵抗できないのよっ! わたしのバカ……。欲求不満? それとも……蓮だから?)


せっかく冷やした頬が再び熱くなり、両手で顔を覆ってひとしきり嘆いた。

元夫と同居生活をするなんてややこしい状況なのに、なし崩しで身体の関係まで持ってしまうなんて、混乱を深めるだけだ。

何事にも動じない、鋼のような精神力がほしいと思いながらリビングへ戻ると、蓮はすでにスーツ姿だった。


「あの、ごめんなさい、バスルームを占領して……」

「問題ない。一度起きて、あらたか準備を終えてから、椿の寝顔を見ていただけだ。朝食はテーブルに用意した。鍵も。何かあれば、プライベートの番号に連絡しろ」


(寝顔を……見ていた?)


蓮は、戸惑うわたしに歩み寄り、軽いキスを一つ落とした。


「大丈夫だ。よだれもいびきもなかった」

「蓮っ!」


広い胸を軽く拳で叩き、ハッとする。

ネイビーのスーツはペンシルストライプ。
ネクタイも、シルクのシンプルなネイビー。

そこに光るネクタイピンは……雪の結晶をモチーフにしたものだった。

思わず涙が滲みそうになり、瞬きを繰り返した。


「定時には上がれないかもしれないが、早めに帰る」

「……いって、らっしゃい」


掠れた声でようやく見送りの言葉を口にする。
蓮は、柔らかな笑みと「いってきます」の言葉を残して、出て行った。


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