二度目の結婚は、溺愛から始まる
再婚はしていません

(変わってない……)


久しぶりに訪れた『KOKONOE』社屋のエントランスは、記憶にあるものと変わりなく、涼しげな水音が響いていた。

自分がデザインしたものが、初めて形になった時の感動は鮮明に覚えている。
あの頃は、描く以上に好きなことができるとは、思っていなかった。

それが、「バリスタ」になるなんて、あの頃の自分が知ったら、きっと驚くだろう。


(……少し、緑があったほうがもっと安らげるかも?)


大きなガラス窓から差し込む光に満ちた、明るくすっきりとした空間は、人工的な印象が拭えない。

もう少し、温かみがあってもいいかもしれないと思うのは、そこかしこに「遺跡」があふれる国で暮らしたからだろうか。


(柾が帰って来たら、提案してみようかな……)


そんなことを考えながら、スーツ姿の男女が行き交う中、美しく整った笑みを浮かべる受付嬢に微笑みかけた。


「雨宮 椿です。会長と待ち合わせているんですけれど……」

「伺っております。こちらがIDカードになります」

「ありがとうございます」


渡されたゲスト用のIDカードでは、共有スペースと会長室にのみが立ち入り可能だと説明される。

たとえ創業者一族であろうとも、関係のない場所に出入りすることはできない。
出入りが面倒な社屋は、祖父との約束がなければ、積極的に訪れたい場所ではなかった。

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