映写機の回らない日 北浦結衣VS新型ウイルス感染症
第3話 『病は気から 病院へ行こう2』
「お前のせいだ」

 このメッセージが意味するところ。岸田先輩もバイト契約だから、私と同様に食い扶持が絶たれてしまっている。それに、来週には彼が企画した上映イベントが行われる予定だった。上映権の取得が難しい案件を粘り強い交渉でなんとか、その期間だけ許可を得た。さらに関係者にも苦労の末、ゲストとして来てもらえることになった。この状況でも企画を実現させるため、人同士の距離を空けた間隔や消毒の徹底で細心の注意を払い、イベントの実施に向けて動いていた矢先での、臨時休館。どういう心理状態でこのメッセージを送信してきたのかは知る由もないが、彼の無念さは想像に難くない。

「急に咳き込むようになって、あまりいい傾向ではありません。しっかり食べないと。自分の体のことなんですよ、わかってますか?」

 真剣な表情の医師にそう言われた。先輩からのメッセージを読んでショックを受けたのが直接の原因ではないにしても、その日の夜から咳の回数が増え、夜もなかなか寝つけなかった。食欲も減り、憂鬱な気分になる。涼子や両親とも電話をする気にはなれず、メッセージで簡素な状況報告をする程度だ。体調がそう悪くない状態では、隔離措置もそこまで辛くなかった。映画館への迷惑も、支配人のはげましもあって、自分を納得させられた。だが、先輩のメッセージを受け取った瞬間に、ギリギリ保っていたバランスが崩れ、精神的にも肉体的にもしんどくなった。健康は取り戻したいとはいえ、回復したところで……そう考えてしまう自分がいた。

「映画館で働いてる北浦さんなら知ってるかな。昔、『病は気から 病院へ行こう2』という映画があって、看護師の私から見ても、面白かったわ。真田広之もカッコよかったし。でも、前作はあまり好きじゃなかったな」
「はい、知ってはいるんですけど。その前作のほうしか見てないですね、私は。続編はDVDがなくて」
「そうなのよ! VHSしか出てないから。家のビデオデッキは処分しちゃったし、なんとか見られないかな」

 年配の看護師が言う映画は、ホスピスを舞台に、がん患者と担当医が織り成す恋のドラマを描いたものだ。一時期に流行した、いわゆる難病ものよりずっと前の作品なのに、それらとは一線を画し、重たいテーマながらも笑いが散りばめられて、それでいてしっかり命の重みも描写する娯楽作品になっているらしく、前作よりも評判がいい。

「いい映画だから、もし機会があったら、見てちょうだい。で、私が言いたかったのは、その映画の題名にもある『病は気から』。使い古された言葉だけど、実際そうなんだよ。症状のこと以外にも何かいろいろ落ち込んでるみたいだし、ムリに元気を出してとも言えない。それでも、気の持ちようで、よくも悪くもなるのよ、心も体もね」
「心配かけてすみません。食事もちゃんと食べます。私の自炊より何倍も美味しいですし」
「そう言ってもらえてうれしいわ。献立担当の人が『孤独のグルメ』好きで、栄養価とは別軸に美味しさそのものの患者さんへの影響をいつも考えてるの。いまの言葉、彼女に伝えておくわね」

 気さくないい人だ。フランクに話ができるのは、それだけで落ち着ける。でも、彼女には黙っていた。私が映画館を退職する決意をしていることは。


「詳細をお伺いしたいので可能であれば当アカウントをフォローしていただきDMにてやりとりさせて頂けますでしょうか。ご検討の程よろしくお願い致します」

 退院後、私のツイッターアカウントに取材申請ツイートがあった。どこでどう知ったのだろうか。本名は載せておらず、ウイルスのことも触れていないのに。だいたい、他の人にも閲覧できるツイートを送ってくるなんて匿名の意味がないじゃないか。何を考えているんだ。私はリアルな知り合いとしかフォローし合っていないから、バレたところで被害はないにしてもだ。それに、ツイート内容も「いただき」と「頂き」が混在していたりと、とてもメディアの人間とは思えない。私はツイートを無視した。


「退院おめでと! いまからそっち行くね!」

涼子からのメッセージはたくさんの絵文字で彩られていた。


(続く)
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