俺と、甘いキスを。
受付嬢と奥様と〇〇

捻挫から一週間、ようやく自分の足で出勤できるようになった。
昨日までは父の車で出勤し、帰りは右京蒼士が「仕事の息抜きだ」と言って車で自宅の近くまで送ってくれた。だから自分の足で久しぶりに事務所まで辿り着いた達成感は不思議と清々しく、嬉しくて思わず右京蒼士にメールを送ってしまった。

『おはようございます。今日は自分の足で出勤しました。もう大丈夫です』

この言葉と一緒に、「ありがとうございました」のスタンプを添えた。
彼からすぐに返信があった。可愛いクマのスタンプで「おはよう」と「了解」の二つが送信されてきた。
多分もう、研究室にいるのだろう。たったスタンプの返信だけでも、「返事があった」ことが単純に嬉しかった。

今週は先週に周囲を騒がせたこともあり月曜日から視線に少し脅えていたこともあったが、引きずる足を気遣ってか何も言われることはなかった。
当事者である峰岸真里奈は、一昨日まで有給を使ってお休みしていた。デクスのパソコンに送られてきた疑惑の社内メールもなくなった。
度々感じる視線はあるけれど、敢えて気にしないように仕事に集中していた。


「ええっ?!もう会長がこちらにいらしてるんですかっ」

事務長の焦った声が、事務所の中に広がる。受話器を片手にあわあわしている彼を、みんなが注目した。
「はい、はい。そうですか、わかりました。失礼します…」
事務長は受話器を静かに電話機に戻すと、「ふぅー」と盛大な息を吐いた。そして、私たちに聞こえるくらいの大声をあげる。

「会長は視察にお見えになっている。今は持田研究室で新たなプロジェクトの試作品をご覧になっているところだ。その後柏原研究室を見学後、午前十時から二階会議室で会議を行う。みんな、いつもどおり礼儀を忘れず誠意を持って対応するように」


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