春の雪。喪主する君と 二人だけの弔問客

陶器の蔵、その鍵を持つ者

祖父は、日野の叔母に鍵をもらい、分厚い蔵扉を開けた。

シオンは、埃の匂いと 真夏の籠った蔵の温度を 気にしつつ、日野の叔母を チラッと盗み見る。

祖父はザッと蔵の土間に入って 、タタキに靴を揃えた。
続いてシオンも入る。
対して、蔵扉に寄り掛かる 日野の叔母は、着物姿で、中には入りそうにない。
後ろには、ベレー帽を被った 日野の叔父が やはり佇んでいる。

ちなみに、シオンの祖父も ベレー帽姿。子どもの頃から 何故 男性一族の年寄り達は そろってベレー帽なのだろうか?と疑問に思ったが。髪が どうも 揃いに揃って薄いようだ。あと、日差しに頭皮が弱いとか。なんせ、正装でもベレー帽は被りやすいのだとも、祖父は笑ってたかな?

「二人とも、悪いなあ。いろいろ手間も、迷惑もかけて」

祖父は 日野の叔母と叔父に 労いの言葉をかけた。
どうやら、日野の叔母と叔父は 蔵には入らないようだ。
『二人は』頷いただけで、姿を消した。

日野の叔母は、生まれた時から 足が悪いから 分かり難いように 着物を着ていると 聞いていた。
そのせいだろうか?笑顔は素敵だが、とても無口なのだ。合わせて、日野の叔父も口数は少ないが、体つきが大きくてしっかりしている。いつも叔母を気遣っているから、優しいのだけど。見かけからして 怖い。

「シオン、2階に上がるよ、おいで。」

そういって、1階の雨戸を開けた祖父が、シオンを 階段箪笥へ招いた。

「お祖父様! この階段、箪笥になってる!凄い、凄いね! あたし、はじめて釜カマドもみたよ!ここはなに?!」

シオンは初めて来た 蔵にワクワクしている。

蔵といっても、屋敷ぐらいはある。これが、蔵なら 本宅はどれほど広かったのだろうか?
2階建ての屋敷ほどある蔵は、蔵というだけあって、部屋には区切られはいない。柱は結んだにあるから、戸をはめれば 部屋なんて幾つでもつくれるのかもしれない。

さっき1階で見た 土間には、 釜戸や石の台所はあるし、雨戸まであるから、縁側らしきものがあるのか?
これで 蔵というのも 妙だろう。

というのも、
戦時中の空襲で、祖父の広大な生家は焼けてしまったそうだ。終戦後は、焼け残った この蔵を改装して住んでいたと聞いた。復興の折りには別宅を再建し直して、そこに 日野の叔母と叔父は住んでいる。だから、この蔵の管理も 『二人』なのだろう。

今のマンションなら1部屋ほどあるだろう、 抜群の重量級階段箪笥を昇ると、2階も明かり窓が 沢山ある 仕切りのない空間だった。

祖父は、その部屋に 所狭しとある 紙包みの山を開いている。

シオンは、2階をぐるりと散策して、日本人形や 籠、着物箪笥を開けてみた。

祖父は、先ほどから 紙の包みを いくつかに 分けているのだろうか?
蝉の声がして、蔵の暑さに 汗が流れ始めた シオンは 祖父に近寄った。
あまり、長く居るなら 日野の叔母に、飲み物を貰おうと思ったのだ。祖父に了承を貰おうと 祖父に覗き込んでみる。

祖父の手元の包みは、皿、だった。

「お祖父様、その お皿どうするの?」

祖父は、少し目を小さくしながら
「この皿は、大事な皿じゃからな 」
と、いって ひとまとめに紐がけした。

シオンには、その皿がどういったものか、わからないが、店で売っているような皿とは 違う、ずっしりして 土みたいな風合いを好ましく感じた。

見てみれば、沢山の紙の包みは 全て なんらかの陶器だ。皿だったり、壺だったり。
それは、みな どれも 先ほど見たように 渋くて 土みたいな、 でも テラっとした表面もしてたりする。

「こんな器には、どんなモノを入れるのだろう?」

本来なら、料理やなのだろうが、とうてい 普段食べる料理が載せられるところが 想像できない。

シオンは まじまじと祖父の前に まとめ直される紙の包みの山を 興味深く眺めていた。

特に、先ほど祖父の手元にあった皿が 気になっていた。


ずいぶん後でわかったこと。
この日 祖父は生家の広大な土地を全て売った。別宅にいた 日野の叔母と叔父はどうなったのかは シオンは聞いていない。きっと祖父が別の場所を住まいにと したのだろう。

この日野にあった、祖父の土地は 広すぎて、個人には売却できず、役場が買い上げたそうだ。
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