春の雪。喪主する君と 二人だけの弔問客

花火と浴衣と下駄は風にのる

シオン達三人の前に 1つ、桃色をした綿飴が出されて、
昨日の祖父とのことは、かき消えてしまった。

意識が音を捉えると、
夜空には 絶え間なく咲く 花火。

川沿いの土手は、草の薫りと、火薬煙を乗せた風がそよいでいる。

涼みながら 花火を見るのには 格好の場所で、シオン達は 移動することに。いつもの花火観覧スポットが あるのだ。
そして ルイが 毎年座る、土手のその場所が 今年も空いているのを見ておきながら、

「さっき 焼き鳥の屋台を見つけた! おまえも アニキも食うだろ?!」
と言うと サッと屋台の群れに飛んでいった。
これも お約束?かも。

綿飴屋台に並んでいる間に 買って来てくれたラムネを1本、レイがシオンに渡す。
ラムネは、手が痺れるぐらい 冷たい。
シオンの両手が 綿飴とラムネでふさがったところで、レイは ポケットから出したハンカチを 土手の芝に広げてくれるのだ。

毎年 家から持参して、こちらで着付ける シオンの浴衣を 気にしてくれるわけだが。

レイのそんな行動が シオンは こそばゆいので、今年こそは自分でハンカチを広げてやると思うのだけど、また上手くいかなかった。

その証拠に、渡してくれたラムネを レイは又、シオンから取り上げて 手を掴んでくれる。そらっとばかりに、レンの片方の眉が上がる。
シオン自ら 浴衣の前がハダケナイように 土手に座るのは、 実は至難の技なのだ。
男子諸君、覚えておけー、これ大事。

だからこそ、シオンは 言わずにいれない。

「…レイちゃん。恥ずかしいよ。」

花火が 、また、上がる。

レイの、顔が片方だけを 明るくなったことで、その口が弓なりになったのが判る。そのままレイは、シオンの額を指で弾いた。

これが恒例なので、ルイは いつもすぐに 食べ物を買いにいくんだとシオンは思う。ルイのポケットには、ハンカチは いつも無いわけだし。

一際、屋台の賑やかさが増した。

さて、すぐ帰ってくるルイを 座りながらキョロキョロと 探したシオンは、向こうに、ルイを見つけると、そこに浴衣の女の子達がいるのも見つけた。

焼き鳥を三本持つルイに、話かけているのは 同じ中学校の女の子達だろう。
たまに、女の子達が こちらを見ている。というか、離れている別グループの女の子達も ルイ達を見ているよね。と、シオンは解ってしまった。
本当は、シオンとレイ達二人の後ろにも、 離れて浴衣の女の子が レンに視線を投げているのも、
シオンは しっかり 解っている。

花火が どんどん上がる。

「おい、待たせた! てか、まだ綿飴食ってないって、どんだけ食うのおそいんだ、おまえ。」

ルイが 少し冷めた焼き鳥を 持ってやって来た。

「そうだねー、ルイちゃんがナンパされてる間に 食べちゃえば良かったよねー」

見ていましたよ、あたし。アピールをしておくシオンに

「祭は、おまえと、アニキと三人で回るからって いーかげん わかってくれっつーの!」

そう言って ルイは、焼き鳥を口に頬ばった。その応えはどうなのだろうと、シオンは思ったが 言わないでおいた。

花火が落ち着く頃に、無数に並んでいる屋台を 一通り巡り、シオン達三人のお腹も、遊び心も満たされて、そろそろ帰るかとなる。

シオンは 手洗いに神社の境内へ行く旨を、レイとルイに伝える。
そして その先で、男子高校生の2人組に会った。

シオンは覚えがないが、どうやら 1人の男子は 知っているのか

「レイのとこの 子だよねぇ」
と声をかけてきた。

それを聞いて 隣の男子が
「レイの彼女?彼女いるんか。知らんかった!」
と 驚いている。

「レイが、夏に連れてる子やって。オレ、レイと小中 学校おなじで、この子 見たことある!」

勝手にしゃべる奴らだなあと、シオンは無視して 2人を通り抜けようとする。

「 それでか。女らが ー…」

花火は何発も一斉に華開いて、辺りが 真っ白に輝く。

彼の続く声は花火で シオンには聞こえなかったが、なんとなく 内容は解る。気がする。
要は、レイも、高校に、なっても、 モテるっ、てことなのだろう。

川からの風には、青い薫りしか もうしない。
神社の境内も、屋台と同じように提灯が吊っているが、その光量が ボンヤリ薄まった。

もう、花火の音は しない。

手洗いが済んだシオンを、レンとルイは 境内のすぐ近くで、いつものように待ってくれていた。
シオンは二人の元へ 下駄の音を鳴らした。

中学1年生、シオン。
この夏が、レイとルイと過ごす最後の夏休みになり、

それから 滋賀の叔母夫婦の家にシオンが訪れる日は 来なかった。
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