本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~
「本店ではエグゼクティブフロアにバトラーが存在する。お忍びで宿泊した芸能人などのお世話もするぞ。後々、当ホテルでも最上階のロイヤルスイートのみ、専属バトラーを付けようかと思っている」

「……そうなんですか。…お客様も喜ぶんじゃないでしょうか?」

「はぁ?呆れた奴だな。いい加減、察しろよ。この話の流れから気付かないのか?お前がやらないか?との話だ」

頭上から飛んで来るのは、溜め息混じりの支配人の言葉。他人事のように考えて話を聞いていた私は、自分に進めているなど気付くはずもなかった。

「支配人みたいに優秀じゃないから、察せません。それに…自身がありません」

お客様のご要望を忠実に叶える事に自信がないのもある。しかし、それ以上に気にしなければいけないのは周囲の視線、態度。

ただでさえ、栄転してきたと騒がれて、支配人に所有されて、その延長線上で初の試みのバトラーに抜擢されたとなれば余計に非難されるだろう。

「そうか?お前の履歴書を見た限りでは、英文科の短大を卒業しているし、ある程度はワンマンプレーだから、その点は気が楽だと思ったんだが…」

「……っ、ふぇっ…」

このホテルに転職してから我慢していた感情が溢れ出してしまった。

慣れているはずのフロントも解任され、他の仕事も満足に出来ない。

一部の人達からは今だに冷たい視線と冷たい態度。

「…もど、…戻り…たい、で…す。元の…場所…っぇ…」

「泣くな。…今日のお前は本当に泣き虫だな」

涙腺が決壊し、ポロポロとデスクに落ちる涙。

ふわっと背中を包むように抱きしめられ、私が落ち着くまで何も言わずに一緒に居てくれた。
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