たとえばあなたのその目やその手とか~不釣り合すぎる恋の行方~
1.突然の通達
1.突然の通達

いつものように、朝6時半に家を出る。

こんなに早くに出るのも、家から駅までは徒歩二十分と少し距離があるから。

「わざわざこんなに駅から遠い部屋を借りなくたって……」

大学を卒業してすぐにこのアパートに住みはじめてから何度母に言われただろう。

駅から遠ければ歩けばいい。それはそれでいい運動だわ。

少し高台に立つアパート周辺は閑静な住宅街で、大きな道路もなければ電車も走っていないから耳障りな騒音も皆無だ。むしろ住むには快適な場所だと思っていた。

リュックを背負い、グレーのパンツスーツにこげ茶のパンプスを合わせた私は、駅に続く坂道を軽快な足音を響かせながら速足で歩く。

高台から見下ろした先に広がる町を、朝日が静かに照らし始める。

坂道は大きく左にカーブしていて、その角に立つ桜の木の枝にはまだ色もないたくさんの蕾がじっと息をひそめてその時を待っていた。

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