春色カレンダー ~31日の青春~
3月2日(月) 保健室とランドセル
───こんなだったっけ?

卒業した小学校の校庭や校舎が小さく見えるのは、自分が大きくなったからだという理屈はわかる。

でも、あの頃はもっと重厚感があったのに、高校と比べるとなんだかちゃちな、プラスチックのおもちゃみたいに見える。でも、それがなんだか可愛らしく思えて、俺はほっこりとした。

今は授業中なので校庭には誰もいない。

来客用の玄関を入りスリッパを履いて受付で用件を告げると『場所わかりますか?』と聞かれた。『卒業生なんで変わってなければ。』と答えると、変わっていないと言われたので、そのまま1階の廊下を進んで保健室を目指した。


保健室のドアをノックをすると、『はーい。』と明るい声がした。

(かや) 緑大(りょくと)の兄ですけど・・・。」

引き戸を開けて顔を出して言うと20代半ばくらいの養護教諭がひょいっと顔を見せた。

「どうぞ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも大変ね。受験終わった後みたいでよかったわ。」

「?」

お姉ちゃん?と思って見ると、制服姿の女子がベッドの近くに立っていた。眠る弟の隣のベッドに弟より小さな女の子が横たわっているので、多分この子の姉だろう。

「お世話になりました。」

俺が礼を言うと先生は長椅子の方を指差す。

「カバンはそこね。担任の先生には言ってあるから、このまま帰って大丈夫よ。熱は高くないけど、だるそうにしてるし、病院連れて行ってあげてね。緑大くん、お兄ちゃん来てくれたよ。」

俺が礼を言うと先生は弟を起こしてくれた。女の子の方はそれほどひどくないのか、自分で起き上がり、先生に『ありがとうございました。』と深く頭を下げる姉と共にちょこんとお辞儀をしている。

「お大事にね!」

二人が出て行くと俺は弟をおぶってもう一度お礼を言うと、自分と弟の荷物を持ち廊下に出た。すると、さっきの女子とその妹がまだ廊下にいてこちらを見ていた。

「?」

とりあえず会釈をして玄関に向かおうとするとパタパタとスリッパの音がして、俺が持っている荷物に後ろから手がかかったようだった。

「え?」

振り返ると女子が体を少し屈めて、俺が弟をおぶる手にぶら下げている荷物を取ろうとしている。

「持つよ。大変でしょ?」

「や、大丈夫。」

驚いて短く返す。

「弟くん、体調悪そうだから、しっかり安定しておんぶしてあげて。」

大きくはないがしっかりとした声だった。

「でも・・・。」

「家、どの辺?」

彼女は俺の質問には答えず荷物を引ったくると、妹の手を引いてスタスタと歩いていく。

「ここから10分くらいだけど・・・ていうか聞けよ。」

「近いじゃない。家まで持ってくよ。」

彼女は妹のランドセルを背中に、俺の弟のランドセルを前に背負って、両肩に自分と俺のカバンをかけた。

高校は自由登校なので、先月までは教科書や参考書でパンパンだった俺のカバンも今はぺたんこで、彼女のカバンも同じ感じだった。

「おい、待てって。いくらなんでも、知らない女にそんなことさせられないよ。」

「今一番大事なの、それじゃないから。」

彼女は振り返って言った。その後ろから西日がさしている。

やたらと荷物を持っている女子高生・・・しかも高校生がランドセルを後ろと前に背負っている姿は異様だったけれど、逆光もあってかそんな彼女がなんだか神々しく見えた。
< 3 / 34 >

この作品をシェア

pagetop