奴隷市場

第四話 戯事


「夕花?」

「はい?」

「いや、なんか不思議そうな顔をしていたからな」

「あっ・・・。先程、移動ルートを教えていただきましたが、かなりの距離ですし遠回りになっていると思います。時間も、相当ゆっくりとした速度で走られるのですね?」

 礼登が示したルートを一般的な車の速度よりも遅い速度で走っても6-7時間で到着できる。オート運転だと、礼登の示したルートでは行けない。効率が悪すぎるのだ。夕花の指摘は当然なのだ。

「速度は、礼登に任せたからな。多分、僕たちを気にしていると思う」

「え?」

「通常速度で移動されて、急ブレーキを踏まれたら大変だろう?」

「・・・。??」

「夕花。僕の前に座るよね?横でもいいけど?」

「はい。そうです」

 夕花は、今は晴海の横に座っている。晴海に言われて、正面に移動しようとした。

「うん。うん。それで、急ブレーキをかけられたら?」

「キャ」

 晴海は、立ち上がろうとした夕花を引っ張って自分の方に引き寄せた。
 夕花は、可愛い声を出して、晴海に抱きつく形になってしまった。

「僕の可愛い奥さん。こうなってしまうから、礼登はゆっくりと走っているのですよ。あと、工作を行う時間を作るためだね」

「工作?」

 夕花は、晴海に抱きついた状態で、わざと晴海を見上げるようにして聞いてみた。

「ふふふ。本当に、僕の奥さんは可愛いね」

 そう言って、晴海は夕花を抱きしめた。
 モヤモヤしていた気持ちが溶けていくのを感じている。

「??」

「僕たちが、いつまでホテルに居たのか、見張りがいなかったから、もう逃げていると思っているだろう」

「はい」

「でも、どこに逃げたのかわからないでは、組織の人間としては困ってしまう」

「そうなのですか?」

「うん。そう思ってくれればいいよ」

「はい」

「だから、必死で痕跡を探そうとする」

「あっそれはわかります。ドラマとかで、刑事が足取りを追うのと同じですよね?」

「そうそう。それでね。僕たちと言うか、能見が、ヒントを日本中にばら撒いているのだけど、まだ準備が完全に終わっていなくてね」

「??」

「せっかくだから、僕を追っている連中と夕花を狙っている連中を合流させようと思ってね。能見が工作を行っている所だよ」

「え?日本中?」

「そ!彼らの動きで、どの情報を得たのか解るし、得ていない情報があるのなら、その地方は弱いと言えるだろう?」

「・・・。そうなのですか?」

「そう考えられるといった所だね。でも、慢心は禁物だけど・・・。それに、僕たちへ猟犬をけしかけた連中は情報を得られれば安心する。安心したら、いろいろと油断もしてくれる。それに、別々に動かれるよりも、まとまってくれた方が、情報操作が楽だからね」

「わかりました・・・。あの。晴海さん。そろそろ、離していただけると嬉しいのですが?」

「どうしようかな?」

「晴海さん?」

 夕花の見上げる目線で、晴海は腕の力を弱めて、夕花を隣に座らせた。

「夕花。お願いがあるのだけど、いいかな?」

「はい。何なりと」

「嬉しいよ」

 夕花は、自分の主人は晴海で、晴海が求めたから結婚しているのだし、晴海が求めたら本当になんでもするつもりだ。

「私の存在理由です。殺してくれるのは晴海さんだけです」

「うん。目的を達成できたらね。もし、僕が途中で倒れるような状態になったら、さっきの礼登を頼って、彼なら、夕花を殺してくれるよ」

 夕花は、目を大きく見開いて、首を大きく横に振る。目にたまり始めていた水が目から溢れ出ても、首を振る勢いを弱めなかった。なぜそんなに、なにがそんなに、嫌だったのか、夕花にもわからない。

 ただ・・・。ただ・・・。

「嫌です。晴海さん以外の人に殺されたく・・・ないです。私を殺していいのは、晴海さんだけです」

「わかった。わかった。泣かないで・・・。僕が倒れそうになったら、夕花が守ってよ。それか、僕が夕花を殺すから、夕花は僕を殺して・・・」

「はい。晴海さんを守ります。私を殺しくれる時まで、守り抜きます」

「うん。今は・・・。少し・・・。眠いから、膝枕してくれると嬉しいけど・・・。だめかな?」

 思っても居なかったお願いだったので、夕花は晴海の顔を見てしまった。眠そうにしている。
 夕花は気がついたのだ。晴海が寝ているのを見たのは、二日目の夜に晴海の布団に潜り込んだときだけだと・・・。最近は、一緒に寝ているが、晴海は夕花よりも後に寝て、夕花よりも早く起きている。

「わかりました。私でよろしければ、どうぞお使いください。どのくらい寝られますか?」

「うーん。常磐道に入って、谷田部あたりで休んでから、圏央道に入るだろうから、パーキングで停まったら起こして・・・」

「わかりました。起きなかったら?」

「可愛い奥さんの優しいキスで起こして」

「わかりました。出来るかわかりませんが、キスさせて貰います。寝ていてくださって大丈夫です」

「うん。お願い。夕花。もう限界だから・・・。寝るね」

 崩れるように夕花の腿を枕にしだして、寝息を立て始める晴海。
 誰が敵で誰が味方なのか解らなかった。能見さえも心のどこかで疑っている。そんな晴海が、絶対の信頼を寄せているのが、奴隷となった夕花だ。夕花は裏切らないと思っている。実際に、夕花は晴海を守り通す必要がある。約束として、自分が殺される為には晴海に生きて目的を達成してもらわなければならない。

 礼登も信頼しているわけではない。手札がないのだ。使える人間として能力を信用したのだ。裏切られたときに殺せばいいと考える程度の人物なのだ。

 夕花は、自分の腿で寝息を立てる男性の髪の毛を触っている。
 変装している状態なので、実際の髪の毛と違っているのは解っているが、触りたくなってしまっている。

 晴海は、寝返りを一度した。
 夕花の方を向いて、腕を夕花の腰にまわして抱きついた。自分の顔を、夕花のお腹に押し付けるようにして寝息を立てる。

 夕花は、恥ずかしいが、晴海を起こさないで、恥ずかしさに耐えていた。晴海が動く度に、お腹の肉を触られているように思えてしまうし、後ろに回した片手がお尻を触っているのだ。

(トレーラーが後退している)

 しばらくして、小屋に声が響いた。

『晴海様。奥様。谷田部パーキングエリアです。ご休憩をお願いします』

 夕花は、礼登の声を聞いて、晴海を起こそうとするが、起きる様子はない。

(えーと。絶対に起きていますよね?)

「晴海さん。晴海さん。谷田部のパーキングエリアに着きました。起きてください」

(くーくーくー)

「晴海さん?『クークー』と寝言をいう人はいません。起きてください」

(もぉ・・・。キスするまで起きないつもりですよね。絶対に・・・。晴海さんがそんな考えなら・・・。私だって!)

 夕花は、寝ている晴海の服を捲った。はしたないとは思ったが、許されるだろう。そんな思いもあった。
 晴海はもちろん起きていた。夕花がどんな反応をするのか楽しみだったのだ。

 夕花は、晴海の頭を片手で固定しながら、露出させた脇腹に顔を近づけて、キスをした。

 顔を近づけた時点で髪の毛が晴海の脇腹を刺激した。飛び起きそうになるのは我慢できた。だが、熱い息を吹きかけられて、優しくキスされたら我慢出来なくて、声を出してしまった。
 そして、晴海は驚いて身体を起こしてしまった。夕花の胸に顔を埋める形になってしまったのだ。そして、夕花も晴海の頭が落ちないようにささえていたので、そのまま頭を抱きかかえるように自分の胸に晴海の顔を押し付けてしまったのだ。

 二人は、すぐに状況がわかって身体を離す。

「おはようございます。晴海さん。よく眠れましたか?」

 平静を装って、夕花が声をかける。

「うん。夕花。ありがとう。よく眠れたよ。最後のキスは驚いちゃったけどね。その後の柔らかい感触もね」

「・・・」「・・・」

 最後の一言がなかったら、良かったのに・・・。夕花は本気で思った。
 笑ってくれればよかったのに・・・。晴海は思った。

「晴海さん。パーキングエリアで、何かご予定があるのですか?」

「うーん。何もないと思う。礼登が何か受け取るかもしれないけど、僕たちには関係はないからね」

「そうですか?外に出ても大丈夫ですか?」

「ん?出たいの?」

「いえ・・・。この前の様に、晴海さんと、買い物が出来たら嬉しいと思いました・・・。ダメですか?」

 夕花は、場をとりなそうと話を変えた。夕花の考えが解って、晴海は嬉しく思った。そして、夕花と一緒にパーキングエリア内を歩くのもいいかと思った。

「そうだね。デートの続きをしよう。ソフトクリームとか一緒に食べよう」

「はい」

 今度は、晴海も余計な一言を付け加えなかった。
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