仏舎利塔と青い手毬花

第三話 日野香菜


 西沢円花が、東京に高級外車を走らせている頃、日野香菜は父親が用意した別荘に居た。

 日野香菜も、西沢円花と同じ様に地元では有名だ。祖父が長年に渡って町議会で委員長を勤めた。地盤を継いだ父親は、町議会から県議会に、そして国政に打って出た小選挙区では相手候補が強すぎて負けてしまったが、比例で復活当選を果たしている。

 その娘なのだ。現在、同じ派閥の議員の息子と婚約をしたばかりなのだ。
 そこに、スキャンダルと言える、同窓会での事件が発生した。日野香菜も他の参加者と同じで参加する予定ではなかったのだが、なぜか参加して事件に巻き込まれた。父親の派閥は、警察関係者も居たために、形だけの調書を取られただけで終わった。婚約者である、議員の息子は次の選挙で父親の地盤を受け継ぐことが決定している。今は、スキャンダルは避けたい状況なのだ。

 日野香菜は、少数の世話をする者と一緒に父親が用意した別荘に避難していた。別荘は、伊豆半島の中央にある小高い山の中腹にあった。別荘に至る道は一本道になっている。道は私有地なので、誰かが勝手に入ってくることも無い。父親が、懇意にしている建築会社に買わせた物件で、元々は派閥の議員たちが使う為に用意した別荘だ。領収書のいらない金の受け渡しや、密会や、それこそ仮面(乱交)パーティーを催すために使っているのだ。
 私有地の道に入る両脇も、反社会的勢力(まるや)の事務所があり地元の人間も滅多に近づかない。

「本当に!何なのよ!」

 日野香菜は、自分が置かれた環境に満足していなかった。不満だらけなのだ。
 今まで、ワガママを言い続けて生きてきた。家でも学校でも、それは同じだった。大学を卒業後に、就職するのがイヤで海外留学という名目でカナダの大学に行った。その後、ニュージランドに渡って、フランスで芸術の勉強という名目で贅沢三昧の生活をしていた。曽祖父が築いた財産の残り滓を喰い潰していたのだ。それでも、父親は国会議員だ。ある程度の金を用意する事は出来る。

 資金が有ったのに、フランスでの勉強する(堕落した)生活から呼び戻された。おかげで、嗜んでいたドラッグの入手も難しくなってしまった。これが1つ目の不満。
 婚約者を親から決められたが問題ではない。相手も愛人や肉体的な関係を持つ友達がダース単位で居る。お互い様なのだ。子供を産めばそれ以外はお互いに干渉しないと決められている。子供も別に誰の子供でも問題なかった。血液型さえ問題なければあとはどうとでもなる。遺伝子検査なんて誤魔化せばいいとまで言われている。しかし、別荘に軟禁された状態では好きなホストも呼べない。昔から身の回りを世話している奴らで満足するしかないのが、2つめの不満。
 3つめの不満は、そもそも、自分は何も悪くないのに、逃げるように隠れなければいけない状況になっていることだ。

 世話をする者たちに当たり散らしても不満が解消されるわけではない。
 従順な者をいじめるのは楽しいが、抵抗する者をいじめるほうが興奮するのだ。自分より若くて可愛い女の男を薬漬けにして、女の目の前で抱かせる。それだけではなく、何人もの熟女に奉仕させる。そして、最後は男性をむかい入れるようにする。女の絶望する顔にたまらなく興奮するのだ。
 目の前に居る男たちはたしかに自分好みの顔をしているが、従順すぎて楽しくない。命令すれば何でも実行するからだ。

 この男たちも後戻りが出来ない所に居る。須賀谷真帆の姉である柚月を犯して殺したのだ。借金と薬で縛り付けられているのだ。

「あぁイライラする。舐めなさい!」

「はい。香菜様」

 男がひざまずいて、言われたとおりにする。

「痛い!下手くそ!」

 香菜は、全裸の男の顔を蹴り飛ばす。男は、頭を下げてから、香菜の前で土下座する。香菜が頭を踏んでから謝罪の言葉を口にする。

「お風呂」

「はっ」

 この別荘は、ホームアシスト機能が充実している。密会現場として使われるので当然だと言えば当然だ。それだけではなく、風呂は離れにあり、露天風呂感覚を味わえるのだ。日野香菜は、この風呂は気に入っている。下々の生活する慎ましい光をみながら飲む高級ワインが最高だと思っているのだ。上級国民である自分に許された特権だと思っている。

 命じられた男が、離れの風呂に行き、綺麗に洗ってからお湯を溜める。日野香菜は、お湯が溜まる前に浴室に入り、男たちに体の隅々まで洗わせる。その後、自分が満足するまで楽しんでからワインを飲みながら風呂に入るのだ。

「ふぅ・・・」

 日野香菜は、身体を満足させてから、湯船に身体を預ける。
 心地よい温度のお湯が心を満足させる。そして、1人になった浴槽で”薬が入った”高級ワインを飲んで更に気持ちを充足させる。

”バッチン”

 何かが切れる音がして、浴室の辺りが消えた。浴槽の中のLDEだけは充電式のライトの為に、7色に光っている。ジェットバスが止まった浴槽には、不自然なくらいの静けさが訪れた。

「なに!なにが有ったの!誰か!すぐに対処しなさい!命令よ!」

 日野香菜は取り乱して大声で男たちを呼んだ。命令と強く言っているが、外からの反応が何もない。

「誰でもいい。早く来なさい!命令なのがわからないの!」

 浴室には日野香菜のヒステリックな怒鳴り声だけが響いた。何も反応がない状況に不満を持った日野香菜は、持っていたグラスを浴室の入り口付近に投げる。グラスが割れる音が虚しく響くだけだ。それでも、誰も現れない。近くにあった、ワインのボトルを投げつける。しかし、激しく割れる音がするだけで、何も変わらない。

「グズ!のろま!さっさと来なさい!私が呼んでいるのよ!早くしなさい!」

”バッチン”

 さっきと同じ音が浴槽に響くだけで何も変わらない様に思えた。

 浴槽に残っていたLEDの明かりが消えた。窓から見えていた家の明かりも優しく光っていた月明かりもなくなった。

 浴室は漆黒の闇に支配された

 外からの明かりがなくなって、唖然としていた時に、後ろから風が吹いた。背中に軽く感じる程度の風だ。

「なっなに?」

 扉からの風ではない。扉が無い場所から風が吹いてきたのだ。

「はっはやく。なんとかしなさい」

 大声をあげて自分の気持ちを落ち着かせようとしているが、逆効果だ。浴槽では大声を出せば響くだけなのだ。

 目の前にあるホームアシスト機能の電源が入った。モニタが明るく光ったのだ。

「ひっ・・・。びっくりさせないでよ。でも、これで・・・」

 ホームアシスト機能が復活すれば、電話も使えるようになるし、外に居る男にも連絡が出来る。日野香菜は、今日は激しくしたから、男どもは母屋に戻っているのだと考えたのだ。

 暗闇に慣れた目には、モニタの光は眩しかった。
 大丈夫だという安心感から、モニタの操作をするために手を伸ばそうとした。

「え?だれ?」

 モニタに、いきなり中学生くらいの女の子が現れた。
 笑っているのだ。

 恐怖心から、モニタに手を伸ばす。

「え?な・・・・。きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!誰か、誰か!誰か、早く、来なさい。命令よ。すぐに来なさい」

『キャハハ。怖い?怖い?怖い?でも、誰も呼ばないほうがいいと思うよ!』

「え?」

 お湯から出した腕は赤黒く染まっていた。モニタの光に照らされた湯船は、血の海に見えた。

 扉を叩く音で、日野香菜は男たちが駆けつけたと思った。

「早く助けなさい!扉を壊して入ってきなさい!」

 内鍵がかかっている。扉の近くには、ガラスの破片が散らばっている。そして、なぜか・・・自分の足が動かないのだ。日野香菜はさっきから立ち上がろうとしているが、なぜか立てないのだ。それがまた恐怖を煽っている。

「か・・・な・・・さ・・・ま・・・」

「はや・・・く?」

 扉を叩く音はするが気配がない。声は聞こえるが、扉からではない。

「か・・・な・・・さ・・・ま。ご・・・め・・・い・・・れ・・・い・・・を・・・。お・・・ゆ・・・る・・・し・・・く・・・だ・・・さ・・・いィィィィィィ」

 窓を乱暴に叩く音が浴槽に響く。見ては駄目だと頭が訴えている。目の端に信じられない。見ては駄目な物が見えている。綺麗だった顔が崩れ落ちて、目が飛び出ている男たちだ。腕の肉は腐っているように見え、窓を叩いた後に糸を引いたような跡さえ見える。腕だけでなく、身体の肉が剥がれ落ちて内臓が顕になっている。

「ご・・・め・・・い・・・れ・・・い・・・ど・・・お・・・り・・・お・・・か・・・し・・・て・・・こ・・・ろ・・・し・・・ま・・・し・・・た・・・く・・・す・・・りィィィィ」

 日野香菜は面倒になったホストや女を、男たちに命じて殺させている。

「ひっ!知らない。知らない。知らない。知らない。私は、知らない。お父様よ。お父様が悪いのよ!」

『キャハハ。だから、言ったのに!ほら、貴女が好きだった男たちでしょ!愛し合っていたでしょ!中に入れてあげないの?』

 モニタに映っている女の子が日野香菜に話しかける。

「知らない。知らない。こんなの!知らない。夢よ。夢よ!だから、夢よ!」

『そうね。夢なら良かったね』

”バッチン”

「え?」

 明かり何もかもが戻った浴槽で、日野香菜は1人で湯船に浸かっていた。手には、空になったワイングラスがあり、浴槽の中には同じく空になったワインボトルが浮かんでいた。

「ゆ・・・め?そうよね。あんな・・・こと・・・ある・・・わけがない。のぼせちゃったかな。もう出たほうがいいわね。誰か!タオルを持ってきなさい!」

 浴槽から外に声をかけるが反応がない。立ち上がろうとするが、立ち上がれない。

「え?」

 モニタには笑っている女の子が映し出される。

『だから、”夢なら良かったね”と言ったのに、信じないのね。でも、日野さんに取っては、全部が幻みたいな物でしょ。都合が悪い事は、誰かがなんとかしてくれると思っているのでしょうね』

「え?な・・・んのこと?」

『思い出さない?残念。まぁ思い出しても、許すつもりもないけどね。キャハハハ』

「え?」

 日野香菜は、身体が自由に動かない恐怖を感じていた。
 ホームアシストのモニタには、女の子が消えて、浴槽の温度の調整する画面に切り替わっている。

『ほら、早く思い出して!』

「知らない。知らない。知らない」

 日野香菜は慌てだす。当然だ。
 ホームアシストの温度が、43度から、44度に自動的に上がった。1分程度で1度上がる身体を動かして湯船から出ないと、生きたまま・・・。

 湯船の温度も上がってきている。ヒステリックに喚くが、女の子が望んだ答えではない。女の子の笑い声だけ浴槽に響き始める。すでに、温度は50度になっている。日野香菜は、死の恐怖を感じている。徐々に熱くなる風呂に耐えている。喚いても誰も助けが来ない。気を失いそうになると、温度が下がる。そして、また上がる。永遠と思える時間の中、恐怖で気が狂いそうになっている。

『まだ思い出さない?』

「・・・す・・・が・・・や・・・さ・・・ん?」

『当たり!やっと思い出してくれたのね。んじゃバイバイ!』

「え?」

 日野香菜が聞いた最後の音は、自分の心臓が止まる音だったのかも知れない。

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 翌日、消防に一本の電話が入る。
 山の中腹にある別荘の離れが燃えている・・・と。

 消防は、電話の発信元にある別荘に駆けつけた。とある企業の保養所になっている別荘だ。消防が駆けつけたときには、離れの火は消えていた。離れに繋がる渡り廊下から失火したようだ。

 しかし、消防はすぐに警察に連絡した。
 警察の上層部は、別荘の本当の持ち主は知っていたが、消防から人が死んでいると言われたら行かざるを得ない。そして、別荘の当たりを管轄していた警察署にも内定が入って上層部から捜査員まで総入れ替えが行われた直後だ。警察の不祥事をもみ消すために丁度良いと思われた。

 警察が駆けつけた別荘は不思議な状況になっていた。
 死体は、全部で4つ。女性が浴室で死んでいる。男性がリビングで椅子に座った状態で死んでいたのだ。男性には目立った外傷も毒物反応もなかった。不審死には違いないが、心不全で処理された。
 そして、警察は別荘を捜査した。女性が飲んでいたと思われる浴室の床に置かれていたワインのグラスとボトルから違法薬物反応が有ったのだ。
 別荘から、収賄罪に繋がる証拠や、スキャンダラスな写真や、20年以上前の未解決殺人事件に繋がる証拠まで出てきて、大騒ぎになった。

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