策士な御曹司は真摯に愛を乞う
彼を覚えている身体
杏奈とランチタイムを過ごし、私に『彼』がいたことを知ってからずっと、夏芽さんに聞きたいことがあった。
終業時刻を待つ間に、やっぱり私の思い過ごしじゃないかとか、今朝の破廉恥な夢に続き、夏芽さんが私の彼だなんて、白昼夢でも見てるんじゃないかとか……とにかく、あまりにおこがましい気がしてきて、帰りの車でも食事中も、切り出せなかった。


そうして、温めてしまった疑問。
どんなに再考しても、一度自分で出した『推論』は理にかなっていて、覆らない。


午後十一時。
私は入浴を終え、後は寝るだけになって、上に続く螺旋階段を一段ずつ踏みしめるように昇った。


視界に広がる暗い廊下には、ドアが二つ。
手前のドアの細い隙間から、明かりが漏れている。
きっと、書斎だろう。
もちろん、今、夏芽さんはそこにいる――。
私は意を決してドアの前に立った。


「夏芽さん」


グッと握った拳で、コツコツと二回ドアを叩く。
返事はない。
その代わり、微かな物音が聞こえて、内側からドアが開いた。


「黒沢さん……? こんな時間に、どうした?」


ラフな部屋着に、無造作な髪。
眼鏡をかけた夏芽さんが、やや戸惑った顔で立っていた。
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