喪主する君と 青い春 石川編

銭湯にはスマック

西の奥座敷といわれる、加賀百万石。
北陸新幹線の開通で「鼓門」をくぐる観光の足は格段に増えた。

シオンは、ヨミの車で 県央のギャラリーや学芸員、骨董業者、常連等を周っている。
異動で 本部オフィス周辺は、 分かるようになったが、 まだまだ 観光客気分で わくわくする。

地域は、県央、南、北の3つに分かれ、金沢の観光地や商工は、おおよそ半径3キロには収まる。

であっても、その中に観光だけではない、様々な工房や、工芸の生業が密に集まる。古都の顔は奥深い。



赤い紅殻の格子に、
細い木虫籠。
石畳に、レトロなガス灯。

最高の格式を誇る茶屋街の 風景。


シオンが、店の中から外を見せてもらうと、中からは、歩いている人の着物柄まで 鮮やかに 見えた。

金沢の格子、『木虫籠』が作る独特さだ。
外からと、内からの見えにくさ、見えやすさを調整し、間に格子を挟む事、かえって 外の景色を見やすくする。

薄く暗い部屋から 格子越しに見る彩りの世界。

雨が多い 金沢の街を 明るく見せる意味もある、紅色の塗り。
『氷柱』落しの長いスコップもご愛敬だ。

挨拶回りの合間、
シオンは 元銭湯の跡地にある
金箔工房を見に、三大茶屋町の1つ、
『ひがし茶屋町街』にいた。

土産や、伝統や創作体験をしながら、着物姿で、建築様式が美しい、町屋散策をする人々が 賑やかである。

この店は、大阪ステーションの『時空の時計』の金箔はりをした 金箔店。
伝統と、都市デザインの融合を、現場の声で 聴けて、シオンは 満足した顔で 出てきた。


「あら 後輩ちゃん。よかったら、加賀毛針の工房も 見て行くかしら?」

ヨミが、シオンが 金箔工房から出てきた所を見つけて、ニヤリ顔で紙の小袋を渡して、顔出しの 提案してくる。


シオンは、ヨミの出してきた、袋を開けて、その中身の美しさに ため息をつく。

「やったー!先輩、ありがとうございます!ここの毛針、綺麗ですよねー。でも、もっとゆっくり出来る時、工房拝見しまーす。」


歴史の背景上、
武士の鍛練としての 鮎釣りが 栄え、釣りに使われる、『加賀毛針』は独自の発展を極める。
金箔と並ぶ、工芸品だ。

つくづく 北陸は 哲学的な職人の土地だと実感する。
文化的で、高い教養が、文豪を輩出した土地になるのだろうか?

シオンの手を カラフルに彩る、珍しい品に、街道を行き来する観光客も、どこで売ってるのだろう?と、見ている。

そんな風に、やや観光客の目を引いたシオンに、ヨミが

「後輩ちゃん。ちょっと、静かな所で、休憩しない?」

と 川辺に 佇む、文豪の記念館へ 悪戯顔で、誘った。


そこは 浅野川の袂に立つ、 黒瓦の、土塀と格子の建物。

河川敷からも 上がれる和風展望デッキがある。

デッキからは 鯉のぼりが吊るされた、梅ノ橋が 良く見えた。

「北陸の銭湯といえば クリームソーダのスマックでしょ。先輩が、奢ってあげるわ。」

いつの間に手に入れたのか、グリーンの瓶ジュースを、ヨミがシオンに渡す。

「いや、ここ、銭湯じゃないですよー、先輩!」

そう言いながらも、実はさっきの金箔店で、スマックが飲みたくなっていたシオンなのだ。

「先輩、川からの風、気持ちいいですねー。橋の鯉のぼりも 気持ちよさそう。じゃ、遠慮なく、頂きます!」

街の中にいても、空が広く感じるのは、川辺のせいだろうか。

グリーンの瓶からは、甘い匂いがする。

「後輩ちゃんは、いい時期にきたわよ。ゴールデンウィークには この川で、鯉のぼり流しがあるし、その後は 友禅灯籠流しだから。まあ、このデッキだって、人で一杯だけど。でも、京都ほどじゃないのよ。」

木調の梅ノ橋を、着物カップルが渡っていく。

他の古都や、温泉街とは 全然違う雰囲気が するのが、何なのか?
まだ シオンには、それが 分からない。

「オーナーが 北陸に本部を置くのって、やっぱりこの城下町や歴史ある建物とかからですかねー、」

ふと シオンは、
ヨミに 何かのヒントを探るように、問いかけた。

ヨミのまとめ髪が、
川風に揺れる。

「どうだろ?それもあるけど、きっと、この景観になった元、北前船の街だったからかも。」

そういって、ヨミは 手のスマックを一気に飲み干して、


「知らない?北陸にあった、富豪村って。」

シオンに、
グリーンの瓶を押しつけながら 聞く。

「富豪村ですか?」

シオンも、
スマックを飲み干して、
甘い匂いがする

ヨミの瓶を 自分の瓶と まとめて、

袋に入れた。


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